(十四) 敬語の十津川言葉

 

(1)敬語の種類

私達が日常会話をする時に相手を尊敬するために相手の動作に敬意を表したり、自分の動作を謙遜して述べたり、また丁寧な言い方をしたりする。
敬語はそのように話手と相手との関係に応じて用いる特別な言葉で、この言葉を大きく分けると三種類になる。

(イ) 尊敬語 相手の動作に敬意を表す語
(ロ) 謙遜語 相手を尊敬するために自分の動作に謙遜の意を表す語
(ハ) 丁寧語 相手を尊敬するためにつかう丁寧な語

(2)正しい尊敬語

(イ)尊敬の意の接辞を用いる

(ⅰ) 接頭語  語の頭につける敬語

 お …… お宅、お手紙、お美しい、お上手、お達者、お気の毒、お休み、お話、お出で、お帰り、お嬢様、お早く
 ご …… ご両親、ご安心、ご機嫌、ご縁、ご相談、ご遠慮、ご丁寧、ご覧
 み …… み教え、み心
 おん …… おん身、おん地、おん有様
 おみ …… おみ足、おみ帯
 貴 …… 貴殿、貴地、貴兄、貴女
 尊 …… 尊父、尊母、尊宅
 令 …… 令息、令嬢、令妹
 高 …… 高見、高著
 芳 …… 芳情、芳翰

(ⅱ) 接尾語  語尾につける敬語

 さん …… 父さん、母さん、姐さん、妹さん、爺さん、兄さん、姉さん、奥さん、弟さん、村長さん、課長さん、どなたさん、おかみさん
 君 …… 小林君、太郎君
 様 …… 叔母様、叔父様、どなだ様、奥様
 殿 …… 課長殿、社長殿、局長殿、田中殿
 先生 …… 校長先生、武田先生、教頭先生
 夫人 …… 武子夫人
 女史 …… 吉田女史
 氏 …… 近藤氏
 うし …… 本居宣長うし

(ⅲ) 接頭語と接尾語を用う

 お-様 …… お父様、お母様、お宅様、お嬢様、おじい様、おばあ様、お二人様
 お-さん …… お父さん、お母さん、おじいさん、お宅さん、お姉さん、おばあさん、お兄さん、お二人さん
 お-殿 …… お千代殿
 ご-様 …… ご両家様、ご両親様、ご尊父様、ご老体様、ご親族様、ご内室様

(ロ)尊敬の意を含む単語を用いる

(ⅰ) 敬語の代名詞を用いる

あなた、君、どなた

(ⅱ) 敬語の動詞を用いる

いらっしゃる(居る、くる、行くの意)
おっしゃる(言うの意)
なさる、あそばさる(するの意)
あがる、めしあがる(食べるの意)

(ⅲ) 尊敬の意を表す助動詞を用いる

れる(行かれる、書かれる、読まれる)
られる(教えられる、出張せられる)

(ⅳ) 尊敬の意を表わす補助動詞を用いる

いらっしゃる、遊ばす、ご覧になる、下さる、お帰りになる

(3)正しい謙譲語

(イ)謙譲の意を表す接頭語を用いる

…… 微意
 拙 …… 拙宅、拙者、拙著
 弊 …… 弊店、弊社
 小 …… 小生、小宅
 拝 …… 拝見、拝借、拝読
 愚 …… 愚妻、愚息、愚見

(ロ)謙遜の意を表す代名詞を用いる

 私、僕

(ハ)謙遜の意を表す動詞を用いる

 あげる、さしあげる(やるの意)
 いたす、つかまつる(するの意)
 いただく(もらう、食べる、飲むの意)
 あがる(尋ねる、行くの意)
 うかがう(きく、尋ねるの意)
 参る(行く、来るの意)
 申す、申し上げる(いうの意)

(ニ)謙遜の意を表す補助動詞を用いる

 いたす(お話いたす、失礼いたす)
 つかまつる(承知つかまつる)
 申す(お誘い申す、お話申す)
 申し上げる(御心配申上げる)

 

(4)正しい丁寧語

(イ)丁寧の意を表す接頭語を使う

 お …… お茶、お料理、お菓子、お野菜
 おみ …… おみおつけ
 ご …… ご飯、ご祝儀、ごせいぼ、ご香奠

(ロ)丁寧の意を含む単語を用いる

 ございます(あるの意)
 いただく、食べる(食うの意)
 いたす(するの意)

(ハ)丁寧の意を表す補助用言を用いる

 ます(参ります、します)
 です(本です、行くのです)

 

(5)十津川に於ける敬語について

敬語は美しい言葉で人を敬い人に好意を与えるものである。
然し幾度も述べた如く十津川に於ては日常生活に恐らく敬語を用いなかった。
改まって挨拶したり、或は特に地位の高い人と話す時は幾らか用いられた。
次に十津川に於いて用いられる敬語についてあげてみよう。

(イ)尊敬の意の接辞を用いる敬語

 お …… お気の毒 葬儀の時か病気見舞の時ぐらい聞いた。
お前 いつでもどこでもつかわれてきたが現代では敬語意識はなくなっている、中には「お前さん」という人がある。
 ご …… ご丁寧、人から御中元か御歳暮の品でもいただいた時つかった。
ご縁、結婚式の時につかわれた。
ごめん、ごめんはよくつかったが「ごめんよ」といって「下さい」はつけなかった。
 さん …… 正夫さん、こんな言葉は時たまきいたがめったに聞かれなかった。殆んど名前だけの呼びすてであった。
 様 …… 神様、ほとけ様だけはどこでもだれでもつかったが、その他はきかなかった。
貴様、この言葉は以前よくつかわれたが最近は殆んどつかわない。この言葉は今は敬語意識がなくなり、かえって人を馬鹿にする時つかう言葉である。
 貴 …… 貴殿、私どもが子供の頃老人の方がよくつかっていたが、今ではきかれなくなった。
 殿 …… 太郎殿、以前年よりの方がよくつかったが今ではあまりつかわない。
 先生 …… 学校の教員だけに用いられてきた言葉で、「先生」は教員の代名詞くらいに思われていた。
 氏 …… 斉藤氏、こんな言葉は以前よくきいたが今では全くきかれなくなった。
 お-さん …… お嫁さん、結婚の時くらいたまにきいた「よめんきたわ」と云ってめったにはきかれなかった。まして普断はつかわなかった。
お父さん、おかあさん、と父母を呼ぶのも極く最近で以前は「おとよ」「おかよ」と呼んだ。叔父さんや叔母さん、或は兄弟姉妹に対しても、叔父よ、叔母よ、兄[にい]よ姉[ねえ]よと呼んだ。

(ロ)尊敬の意を含む単語を用う

あなた …… あなたといわずに「あんた」といった。中には、それに「さん」をつけて「あんたさん」という人がいた。然しこの言葉もあまりきかれず、たいていは、「お前さん」であった。
いらっしゃる …… こんな言葉は一度もきかなかった。たまに「おらっしゃるかい」という言葉をきいたが「おるかい」「おるぜ」の方が多かった。

(ハ)謙譲の意を表す敬語

私、僕 …… 最近は大分つかわれているが、未だ「おれ」が多い。
いただく …… 神様のお札を頭にのせられ「さあいただけ」といわれたり、人からお年玉でももらう時少々用いられたが、その他あまりつかわれなかった。
物を食べる時は全然つかわず、ただ「よばりょう」といった。
参る …… 神様にお参りする以外はあまりきかれなかった。
拙者、小生 …… この言菜は老人の方などでよくつかう人があったが、今ではきかれない。
いたす …… この言葉は時たまきいた。

(ニ)丁寧の意を表す敬語

…… お茶、「まあお茶とらっしゃれ」と時々きくことがあった。
おみき、お洒、この言葉はよくきいた。おみきは神様にお供えする時きかされ、お洒はおしゅと云って正月のかどわけの時にきいた。
おみやげ、「みやぎょーもろうた」といって「お」をつけることはめったになかったが、時にきくこともあった。
…… ご祝儀、話す時には祝儀といったが、差出す紙には御祝儀とか御祝と書いてあった。
ご飯、今は殆んどご飯というが、以前は「めし」「麦めし」といって、丁寧な言葉はつかわなかった。
ございます …… この言葉は時々きいたが、ますを省いて「ござる」という人があった。
ます、です …… この言葉も時々きく程度であまりきかなかった。

以上の如く十津川に於ては日常会話に恐らく敬語を用いなかった。
これは一面から考えるとお互が上下の差別がなく親しみがあるという美点からであろうが、古来より交通不便なため他郷の人と交わりがなく社会的に洗練されていない素朴な人間であったこともうなづかれる。
最近小学校などでも児童達が友達の名を呼ぶのに敬称を用いるようであるが、ここ十数年前までは呼びすてにしていたものである。
最近十津川も全国的に認められ観光客も入り込んで来るようになり、昔のままの素朴的な人間であるわけにはいかなくなってきたのと、テレビの普及や人々の読書力の向上等によって敬語も次第につかわれるようになってきた。今後もこの敬語が一層普及されることを願うが、村民の昔ながらの無差別な親しみと、口先だけの上手でなく真心を失わないことを切望するものであります。