(十) 補助用言の十津川言葉

 

(1)正しい補助用言と種類

わがはいは猫である
ペン先が曲っている

「猫である」、「曲っている」は「猫だ」「曲った」という意味で「である」「ている」は助動詞の「た」「だ」と同じはたらきをしている。
元来「ある」「いる」は「テーブルの上にペンがある」「天井に鼠がいる」等存在を表す動詞であったが「猫である」「曲っている」の「ある」「いる」は存在の意味とは異なっている。
このように用言であっても元の意味を失い助動詞と同じはたらきをもっている言葉を補助用言という。
補助用言には二種ある。

(イ)補助動詞

わがはいは猫である
彼は運動している
しるしをつけておく
試みにやってみる
書いてしまう
読んでいらっしゃる
おめざめになる
早くきて下さい
仕事をしてあげる
仕事をしていただく
仕事をしています
仕事をしております
行ってきます
行ってくる
浦島太郎という人がいた

(ロ)補助形容詞

おもしろくない
もう帰ってよい

(2)補助用言の十津川方言

(a) とる(とーる)
兄は仕事をしとる(とーる)
客が来とる(とーる)
母は買物に行とる(とーる)

上の「とる(とーる)」は「ている」という意味の語である。これは teiru の i が脱落して teru となり、それがまた e が o に変化して toru となったものであろう。

(b) よーる
太郎は本を読みょーる
弟が走りょーる
客が来よーる

英語の文法に進行形というのがある。
例えば「来ている」という言葉は coming と come に ing をつける。この ing に相当する言葉が「よーる」である。

(c) とく、とこう
しるしをつけとく
手紙を書いとく
本をよーどこう
仕事をしとこう

上の「とく」「とこう」は「ておく」「ておこう」と言う言葉である。これは teoku の e が脱落して toku となったものであろう。

(d) たる、たろう
おれが持ったる
仕事をしたる
おれが話したろう
柿をとったろう

上の「たる」「たろう」は「てやる」「てやろう」という言葉である。これを丁寧な言葉でいうと「てあげる」である。然し十津川ではそんな丁寧語はつかわれない。「仕事をしてやる」といい、これをつづめて「したる」とつかう。
これは siteyaru の ey が脱落して sitaru となったものであろう。

(e) ちゅう
浦島太郎ちゅう人がいたちゅう
北方ではもう雪が降ったちゅう

上の「ちゅう」という言葉は「という」という意味である。
この「ちゅう」と云う言葉は大和時代に盛んにつかわれ、奈良時代まで続いた。其の後「とふ」「てふ」と変化し、現在は「という」とつかわれている「ちゅう」と云う古い言葉が十津川で残って今もつかわれているのである。これは toyu の o が脱落して tyu となっていたものであろう。それが復活したものか。

(f) たーる、たーろう
貯金したーる
おれが話したーる
注意したーろう

上の「たーる」「たーろう」という語は「てある」という意味である。丁寧な言葉では、「てあります」というが、十津川では普断あまりつかわれなかった。

(g) うなあ、ていい
面白うなあ
正しうなあ
涼しゅうていい
軽うていい

上の「うなあ」「ていい」は補助形容詞で「くない」「てよい」という言葉である。

(h) てくれー
早く来てくれー
仕事をしてくれー

上の「てくれー」という言葉は「て下さい」という意味である。