(九) 助動詞の十津川言葉

 


(1)助動詞のつかい方と種類

本を読まよう
本を読まます
本を読ませる
本を読ませる時は静かにする
本を読ませればよい
本を読ませよ(ろ)

上の下線を引いた言葉は助動詞である。助動詞にはそれ自身には意味がないが、動詞についてその動詞にいろいろの意味をもたせる。つまり動詞を助ける役目をする。
上の「せ、せ、せる、せる、せれ、せよ(ろ)」は動詞の未然形「読む」について「読む」という言葉にいろいろな意味をもたせている。
助動詞は付属語であって活用することは上の例でもよくわかる。
助動詞は動詞に添える意味によって次の十四種類になる。

(イ) 使役の助動詞 せる させる
(ロ) 受身の助動詞 れる られる
(ハ) 可能の助動詞 れる られる
(ニ) 自発の助動詞 れる られる
(ホ) 尊敬の助動詞 れる られる
せる させる ます
(ヘ) 打消の助動詞 ない まい
(ト) 推量の助動詞 よう らしい まい
(チ) 過去の助動詞
(リ) 完了の助動詞
(ヌ) 希望の助動詞 たい たがる
(ル) 断定の助動詞 です
(ヲ) 比況の助動詞 ようだ
(ワ) 伝聞の助動詞 そうだ
(カ) 様態の助動詞 そうだ

 

(2)使役の助動詞の十津川言葉

(イ)使役の助動詞の正しい使い方

字を書かせる
木を植えさせる

上の下線を引いた助動詞は動詞の未然形「書か」「植え」について他の人に動作させる意味を表わしている。こんな助動詞が使役の助動詞で次のように活用する。

動詞 助動詞 未然 連用 終止 連体 仮定 命令
よう、ない、に続く ます、た、に続く 言いきる 時、こと、に続く ば、に続く 命令の意味で言いきる
書か せる せる せる せれ せよ
せろ
植え させる させ させ させる させる させれ させよ
させろ

(ロ)使役の助動詞の未然形の十津川言葉

未然形が「よう」に連らなる時の十津川言葉は「せ」が「し」に変化する。

書かよう 書かしよう
植えさせよう 植えさしヨう

然し「し」に変化させない時は「よう」を用いないで「ろう」を用いる。

書かろう
植えさせろう

未然形が「ない」に連なる時十津川では「ない」を用いず「ん」を用いる。

書かせない 書かせん
植えさせない 植えさせん

時々「せ」を「さ」に変化させる人もある。

書かさん
植えささん

(ハ)使役の助動詞の連用形の十津川言葉

未然形が「ます」「た」に連なる時、十津川に於ては、未然形が「よう」に連なる時と同様「せ」が「し」に変化する。

 

書かせます
書かせた
書かします
書かした
植えさせます
植えさせた
植えさします
植えさした

(ニ)終止形及び連体形の場合の十津川言葉

終止形及び連体形の場合十津川に於ては「せる」を「す」、「させる」を「さす」とする。

書かせる 書かす
植えさせる 植えさす

(ホ)仮定形の場合の十津川言葉

仮定形が「ば」に連なる時、十津川に於ては「ば」を用いず、次の如くつかう。

書かせれば 書かせりゃー
書かすりゃー
書かしゃー
植えさせれば 植えさせりゃー
植えさすりゃー
植えさしゃー

(ヘ)命令形の場合の十津川言葉

命令形の場合に十津川に於ては「せよ」とか「せろ」とつかわずに「せー」と語尾をのばしたり、「せーよ」と語尾をのばしてから「よ」をつける。
以上の十津川言葉を表にしてみると

動詞 助動詞 未然 連用 終止 連体 仮定 命令
よう、ない、に続く ます、た、に続く 言いきる 時、こと、に続く りゃー、しゃー、に続く 命令の意味で言いきる
書か せる



さす

さす



せー

せーよ


植え

させる
さし
させ
ささ

さし

さす

さす
させ
さす
さし
せー

せーよ

使役の助動詞は十津川に於てはサ行変格活用の動詞の活用形によく似ている。

 

(3)受身の助動詞の十津川言葉

(イ)受身の助動詞の正しい使い方

頭を打たれる
人に顔を見られる
字を書かせられる

上の下線を引いた言葉は受身の助動詞である。受身の助動詞は動詞や使役の助動詞等の未然形について、他から動作を受ける意味を表わす言葉である。
受身の助動詞は次の如く活用する。

動詞 助動詞 未然 連用 終止 連体 仮定 命令
よう、ない、に続く ます、た、に続く 言いきる 時、こと、に続く ば、に続く 命令の意味で言いきる
打た れる れる れる  れれ れよ
れろ
られる られ られ られる られる られれ られよ
られろ
書か せられる られ られ られる られる られれ られよ
られろ

(ロ)受身の助動詞が動詞に連なる場合の十津川言葉

十津川に於ては未然形が「よう」に連なる時は「ろう」「りょう」となり「ない」に連なる時は、「ん」となる。又命令形に於ては、「れよ」とか「れろ」は「れー」とか「れーよ」とつかう。

打たれよう 打たれろう 未然
  打たりょう 未然
見られない 見られん 未然
打たれれば 打たれりゃー 仮定
見られれば 見られりゃー 仮定
打たれよ 打たれー(よ) 命令
見られろ 見られー(よ) 命令

(ハ)受身の助動詞が使役の助動詞に連なる場合の十津川言葉

受身の助動詞「られる」は使役の助動詞の未然形「せ」「させ」に連なることは前に述べたが、この場合に十津川に於ては「せ」は「さ」に変化する。そして動詞につく時と同様に語尾が変化する。

書かせられよう 書かされろう 未然
  書かさりょう 未然
書かせられない 書かされん 未然
書かせられた 書かされた 連用
書かせられる 書かされる時 終止
書かせられる時 書かされる時 連体
書かせられれば 書かされりゃー 仮定
書かせられよ(ろ) 書かされー(よ) 命令

 

(4)可能の助動詞の十津川言葉

(イ)可能の助動詞の正しい使い方

歩いて十分で行かれる
僕も来られると思う

上の下線を引いた言葉が可能の助動詞である。可能の助動詞は動詞の未然形について「できる」という意味を表す。可能の助動詞のつかい方は受身の助動詞と同様である。ただ可能の助動詞には命令形がないのが異なる。

(ロ)十津川言葉と可能の助動詞

十津川に於ては可能の助動詞はあまり用いないで、可能の意味を表す動詞が多くつかわれる。
可能の動詞は五段活用の動詞を下一段活用の動詞にすればよい。
例えば「歩く」という動詞は五段活用の動詞であるが、これを下一段活用の動詞にすれば次の如くなり、可能の意味を表す。

歩けよう 歩けない 未然形
歩けます 歩けた 連用形
歩ける 終止形
歩けること 連体形
歩ければ 仮定形

可能の動詞にも命令形はない。
然し十津川に於て可能の動詞をつかう時、上のように正しくはつかわない。前に動詞の十津川言葉について述べた如く、可能の動詞の場合も同様下記のようにつかわれる。

歩きよう 歩けろう 歩けん 未然形
歩けりゃー   仮定形

尚十津川に於ては上一段活用の動詞や下一段活用の動詞及びカ行変格の動詞にでも「れる」をつけて可能の意味を表す。

起きれる 見れる 上一段動詞の未然形につく
植えれる 投げれる 下一段動詞の未然形につく
来れる   カ行変格動詞の未然形につく

この「れる」は動詞の語尾とみるか、助動詞とみるか、甚だ不可思議である。
これを動詞の語尾とみれば「起きれる」「見れる」「植えれる」「走れる」は皆下一段活用の動詞とみなければならない。こんな動詞はあまり見受けない。殊にカ行変格活用の動詞は「来る」が一語で「来れる」というように下一段に活用することは未だかつて聞かざるところである。
若しこの「れる」を助動詞とすれば「れる」は五段活用の動詞か、サ行変格活用の動詞の未然形につくのがたてまえである。さすればこの「れる」は助動詞とみることは不自然である。要するに十津川に於てはかくの如き不可思議な言葉がつかわれているのである。
次に十津川に於てはサ行変格の動詞の未然形に「れる」がついて可能の意味を表す場合に普通は「運動される」と「さ」につくのがたてまえであるが、「運動しれる」と「し」につける人もある。

動詞 助動詞か語尾 未然 連用 終止 連体 仮定
よう、ない、に続く ます、た、に続く 言いきる 時、こと、に続く ば、に続く
起き
来[こ]
運動し

れる
れろう
りょー
れん

れた

れる

れる時

れりゃー

 

(5)自発の助動詞及び尊敬の助動詞の十津川言葉

(イ)自発の助動詞及び尊敬の助動詞の正しい使い方

病人が安じられる
正月が待たれる
先生が本を読まれる
先生がお話せられる

上の「安じられる」「待たれる」の「られる」「れる」は、自発の助動詞で動詞の未然形について動作が自然に起る意味を表わす。
「読まれる」「お話せられる」の「れる」「られる」は尊敬の助動詞で動詞の未然形について尊敬の意味を表す。
自発の助動詞も尊敬の助動詞も活用のし方は大体受身の助動詞と同様である。

(ロ)十津川に於ける自発の助動詞と尊敬の助動詞

十津川に於ては自発の助動詞はいくらかつかわれる。
例えば「よそえいとーる子供らどがあにしとーるか安じられる」という言葉は聞くがその他あまり聞かない。尊敬の助動詞にいたっては殆んどつかわれない。「先生が話した」とは聞いても、「お話せられた」とはめったに聞いたことがない。