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十津川は永治2年(1142)高野山文書で「遠津川」という文字で登場しています。
「とんと十津川御赦免どころ年貢いらずの作りどり」などと歌われ,白鳳年間より明治の初年まで租税勅免の地でありました。また南北朝,明治維新など歴史の節目にも十津川の名前が登場してきています。明治になり,町村制施行により,旧来の55ヶ村を併せて6ヶ村に編成されました。
また明治22年の大水害に当って,被災者の大半600戸,2,600名が新天地を求め北海道に移住しました。それが現在の新十津川町です。明治23年6月,6ヶ村を再併合して十津川村が誕生しました。
紀伊半島の中央部,奈良県の最南端に位置するこの村は,面積672平方キロメートル,県の約5分の1,日本一広大な村で,しかもそのほとんどは山林です。
1,000メートルを超す山は実に100余を数え,この山峡を北から南へ十津川が流れ,これに沿って国道168号線が走っています。
200をこえる小字と55の大字,7つの区に別れ,県立高校1,中学校4,小学校7,人口約5,000余人,戸数約2,000余戸,年々人口の減少をたどる過疎の村である反面,温泉郷として観光客の訪れが増加している村でもあります。 |
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