十津川探検 ~十津川宝蔵文書~
鷲尾侍従副書
   慶応3年(1867)12月、王政復古の大号令直前、天下の形勢不穏となり、幕府の向背も定かでなかったから、勅を奉じて鷲尾侍従が和歌山藩などを牽制して、大和の諸藩を早く新政府側に立たせようという目的をもって高野山に挙兵した。同月8日、京都の土佐藩邸から十津川郷士50名、土佐陸援隊、浪士らを随従させて伏見に下り、淀川を船で大坂へ、9日堺、10日河内三日市、11日紀伊学文路宿(ここで王政復古の大号令発布の報告を受ける)を経、11日高野山に到着、檄を四方に伝えた。12日神谷において十津川郷士に別勅「方今時勢切迫ニ付鎮静者勿論対朝廷反逆之賊徒於有之者十津川挙郷征伐可抽忠勤趣御沙汰候事」を賜わった。本文はこの別勅にそえた鷲尾侍従の副書である。
 
 

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