下組六惣代、上組二惣代と小松靱負(御会前本)が会合、「御宝書虫干御会所御招」をおこなった。この時期、両郷とみえるから上組、下組合同の御宝所管理となっていたらしい。その費用の分担について郷中が取極めた文書である。