十津川郷では享保13年(1728)将軍吉宗の日光社参の節、恐悦として酒・塩鯛を代官石川伝兵衛成征[なりゆき]を通じ献上した。安永5年(1776)将軍家治の日光社参にさいし、先例により酒・塩鯛の献上を十津川郷の惣代が願い出たことに対し代官小堀数馬邦直[くになお]は江戸勘定所に問合せた上、これを嘉納し、江戸の賄所に廻送したとあり、その証文として郷中に交付された。