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大久保石見守(十兵衛)長安(1550-1613)は徳川家康の寵臣。関ケ原役直後に大和国奉行に任ぜられ、大和を徳川政権の前進基地化するに努めた。東海道街道奉行や佐渡金山奉行として有名。
十津川郷もこのおり境域を画定、50余村の郷村として確立した。上組・下組に大別、そしてそれぞれ数村連合の組(区)を擁する。この十津川郷の代表者として有力郷士4名が選ばれ4人衆と称したらしい。この4人衆は後掲文書(10号)に見える玉置山明花院・玉置左兵介・西川左馬介・加藤初右衛門であろう。
慶長8年(1603)徳川幕府が創まるが、この長安書状はその直後のものだろう。恒例の年頭祝儀として十津川郷が熊皮2枚を献上したのに対する受取状である。十津川郷の恭順を嘉賞している。 |
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