十津川探検 ~十津川言葉~
(一)名詞の十津川言葉
(3)代名詞の十津川言葉
 名詞の中で事物の名をいわず直接に「あれ」とか「これ」とかさす言葉がある。こんな言葉を代名詞という。
 代名詞には人代名詞と指示代名詞とある。
(A)人代名詞の十津川言葉
 人をさす代名詞を人代名詞といい、人代名詞には自称、対称、他称、不定称の四種類がある。
 自称は話手が自分をさし示す言葉
 対称は話手が相手をさし示す言葉
 他称は話手が第三者をさし示す言葉
 不定称は話手にわからない者、またはさし示す者がはっきりきまらない場合に用いる言葉である。
 今世間で普通に用いられている人代名詞をあげてみると次の如くである。
 自称 …… わたくし、わたし、ぼく
 対称 …… あなた、きみ
 他称 …… この人、その人、あの人、かれ、かの女、かれし
 不定称 …… だれ、どなた、どのかた、どの人
 上の言葉はすべて十津川でも最近用いられるようになったが、十数年前までは「よそ言葉」といわれたものである。
 十津川に於て以前から多く用いられ、現在も尚使用している言葉は次の如きものである。
 自称 …… おれ、わし、われ
 対称 …… あんた、きさま、おまえ、われ、おどれ、おのら、おのれ、しゃだれ、おんどれ
 他称 …… これ、それ、あれ、こいつ、そいつ、あいつ、このし、そのし、あのし、このやつ、そのやつ、あのやつ、このがき、そのがき、あのがき、やつ、きゃつ、てき
 不定称 …… どいつ、どのし、どのやつ、どのがき
 上のうち二、三時代的に調べてみよう。
   「おれ」について
 この言葉は江戸時代にできて、盛んに用いられた言葉であるが、だんだん用いられなくなって、今ではもう方言になってしまった。
 十津川に於ては現在でも盛んに用いられている。他の地方で用いられるところがあっても殆んど男子のみである。然し十津川に於ては女子も普通に用いている。
   「おまえ」について
 この言葉は室町時代にでき、江戸時代に盛んに用いられた。最初この言葉は尊称であったが、現在は敬語意識は全くなくなり、方言として残っているに過ぎない。
 然し十津川では今に以って用いられ、中には「おまえさん」と云う人もある。
   「きさま」について
 この言葉は江戸時代にできた言葉である。この言葉は尊称であったが、現代では敬語意識は全くなく、却って人を侮辱する言葉である。十津川に於いても普通に用いる人もあるが、たいていは人をけいべつする時に使う。
   「われ」について
 この言葉は奈良時代にできて、平安時代、鎌倉時代までは自称であった。それが室町時代になって対称となり、江戸時代に盛んに用いられた。明治時代に入ってから自然に用いられなくなり、用いられても自称にもどった。
 現代はもはや方言になって、十津川に残っているが、自称、他称何れにも用いられる。
   「おのれ」について
 この言葉は文語の自称であるが、十津川に於いては口語としてつかわれる。
 もとこの言葉は人称に関係なく「この」とか「これ」という言葉と同じ意味であった。然し平安時代に自称の人代名詞になり、鎌倉時代に対称となったものである。
「おのら」は「おのれ」の複数であり、「おどれ」、「おんどれ」は「おのれ」の訛ったものである。
   「あれ」「これ」「それ」について
 これらの言葉はもと事物をさし示すものであったが、人をもさす言葉になった。
 「あれ」という言葉は平安時代に人代名詞となり、最初他称であったが鎌倉時代には対称になった。
 「これ」はいつ頃人代名詞になったか知らないが、鎌倉時代に自称として用いられ、江戸時代に他称として用いられている。
 「それ」もいつ頃人代名詞になったかわからないが、江戸時代に他称として用いられたそうである。
 これらの言葉は現在各地で他称として用いられているが、だんだん少なくなり方言の域に入っている。然し十津川に於ては未だ多くつかわれている。
   「やつ」「きゃつ」「あいつ」「こいつ」について
 奈良時代に自分のことを謙遜して「やっこ」といっていたが、これが自然に「やつ」となり、後に目下の者を親しんでいう他称になり、遂に変化して卑称になった。現在は方言として残っていて、十津川でもつかわれる。
 「きゃつ」、「あいつ」、「こいつ」という言葉は「彼のやつ」「あのやつ」、「このやつ」が、「かやつ」「あやつ」「こやつ」となり、最後に「きゃつ」「あいつ」「こいつ」と転じたもので、今では方言として十津川に残っている。
   「がき」について
 この言葉は仏教の悪業の報いとして地獄に落ちたものを餓飢という言葉から生まれたものである。最初は子供の賎称であった。
 浮世床(江戸時代作)に「がきの時分覚えたことは忘れねえものさ」と記してある。これが現在十津川に残って人代名詞の他称として用いられている。
   「てき」について
 この言葉は敵、即ち戦の相手という意味から相手を指し示す代名詞になり、遊里語といって廊で遊女と客がかわした言葉である。それが江戸時代に相手をけいべつする言葉となり、「やつ」と同様の語である。
 膝栗毛の中に「とてもてきらはよう買やしょまい」と記されてある。然しこれがいつ他称になったかしれないが、現在十津川では他称に用いられている。
   「このし」「そのし」「あのし」「どのし」について
 これらの言葉はいつ頃できたものかわからない。また他ではあまり聞かない言葉である。然し十津川ではよくつかわれる言葉である。
 この「し」という言葉は「衆」から転じたと考えられるが、然し奈良時代に他称で「し」という言葉があった。この言葉が残っていて現在十津川で用いられているのではあるまいか。
 

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