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頃は明治の中頃、所は大字旭。
初夏のある日のできごとです。
村の桝屋[ますや]のおじさんは、いつものように牛を連れて草を食べさせに、下の川原へやって来ました。
お日さまがさんさんと照る川原には、青々と草が茂り、まるで緑色のじゅうたんを敷きつめたようです。
おじさんは牛の手綱を放ち、草の上に「どっこいしょっ」と腰をおろして休みました。
四方の山々は若葉が輝き、とんびの「ヒュルルルルー」というのどかな鳴き声も聞こえます。
時おり川面を跳ねる魚を見やりながら、腰につけたきざみたばこに火をつけて、大きくひと息吸いました。
そのとき、草をたっぷりたべて、水際で水を飲んでいた牛が、突然おかしなかっこうをはじめたではありませんか。あとずさりにどじばって(力を入れてふんばる)いるのです。よくよく見ると、川の中から河童が、腕を伸ばして牛の前足をつかみ、じりじりと川の中へ引き込もうとしているのです。
「これは、えらいこっちゃ」と辺りを見回しましたが、石もなければ棒もない。助けを求める人もいない。
「このままでは、牛は河童にやられてしまう。」と思ったおじさんは、いきなり川の中へ飛び込んで河童の腕にかみつきました。
すると、河童の腕はみるみるうちに真白になり、力がぬけたらしく、牛から手を離しました。そのすきに、おじさんは牛を岸に引き上げました。
河童は、
「水三合あれば人間五十人分の力はあるが、人間さまの唾には、とてもかなわん。参った。参った。」
と、ひとり言を言いながら水の中へ消えて行ったということです。 |
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話者 |
坪井 一正 |
記録 |
岸尾 富定 |
再話 |
前木 千鶴子 |
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