十津川探検 ~十津川郷の昔話~
北屋のおばばと川太郎と北屋のおばばと川太郎と(音声ガイド)
   北屋のおばばが六月の暑い日、岸の畑で麦引きをしておった。
 だれか知らんが、おばばの後ろへ回って股ぐらへそっと手を入れてくる奴がおる。
「これ、なにをする。気色の悪い。」
と、おばばがその手を払いのけるが、しばらくすると、またもそろそろ手を突っ込んでくる。
「きょうとい奴じゃ。するなというに。」
と、怒って後ろを振り向いたがだれもおらん。
「ふふん。こりゃ、きっと裏の渕の川太郎の仕業[しわざ]に違いない。」
「あの川太郎め、このおばばをからかいに来よったわ。」
 おばばは、ひとりごとを言ったかと思うと、畑の畦[あぜ]に転がっておった手ごろな石ころを一つ拾うと、やにわに股ぐらにはさみ、何くわぬ顔して、また麦引きを始めた。
 しばらくすると、またまた後ろから股ぐらへ手を入れてくる。そこで、おばばは、
「これこれ、おばばの股ぐらは硬いぞえ。」
と、入れてきた手を取って股ぐらの石に当てがってやった。その手は、しきりと股ぐらの石をなでまわしておったが、
「まっこと、硬い股ぐらじゃ、こんな股ぐら初めてじゃ。」
と、後ろの方で声がして、その手を引っ込めてしもうた。
 おばばは、してやったりとうれしくなって、
「こんどは、わしの番じゃ。ちょっくらからかってやろうか。」
と、にやにや。
「おうい、おい。裏の渕の川太郎よ。もうそろそろけんずいじゃ。お前さんも上がってきて、このおばばといっしょにこづきをはねらんかの(ハッタイ粉を食べらんかの)。」
 おばばは、いそいで家にとって帰り、こづきにそっとすすを混ぜ、椀に盛ってへらを添えて出してやった。川太郎の奴、喜んで上がってくると、おばばに見習って椀のこづきをパック、パック、パックと、あっというまに口の中へほうり込んでしもうた。これを見ておったおばばは、
「こづきばっかりじゃ、さぞのどが渇いたじゃろ。」
と、こんどは番茶を湯呑に汲んで出してやった。川太郎の奴、これも一息にグッと飲み干した。
「どうじゃ、おばばの作ったこづきも番茶もうまかろうが……。」
 ところが川太郎の奴、
「ゲッ、ゲッ、ゲッ。」「ゲ・ゲ・ゲ。」「ゲボ、ゲボ。」
目を白黒させて、のどを押さえ、裏の渕へドボーンと転げ落ちていった。
 ほんまに、すすみずは川太郎に毒らしい。
話者   湯之原   羽根 定男
再話   湯之原   大野 寿男

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