十津川探検 ~十津川郷の昔話~
送り狼送り狼(音声ガイド)
   わたしら子供の時分は、病人がでると、医者を頼みに小原から小森へ登り、山越えして山崎まで走ったものじゃ。
 あるとき、となりの人が腹痛を起こして苦しみだした。わたしの父が医者を連れに行くことになった。父は、昼過ぎから家を出て医者を連れて戻り、病人を診てもらったら医者を送り届け、薬を貰って帰ってくるということで、半日で小原と山崎の間、片道三里ほど(約十二キロ)を二往復もしたものじゃ。
 父は、さびしいことなど全く知らん人じゃったから、たった一人で山崎の医者の家を発って、夜更け山路を急ぐのじゃった。ちょうちんの小さな灯りを頼りに、池穴向こうを過ぎ、広尾谷を渡り、成尾坂へと差しかかったのじゃった。
 さっきから、だれかだまって後ろからついてくる気配がする。父は足を休めないで、じっと後ろの方をうかがった。
「ふん、狼じゃな。送り狼がついて来るわい。」
と、つぶやきながら、一息に成尾坂を登りつめたのじゃった。峠に出て桃ノ木だわで一服しながら様子をうかがうと、狼もまた一服してじっとすわりこむのじゃった。やがて小森の新茶屋向こうまでやってくると、後ろを振り向いて、
「狼さん、おおきにご苦労さん。ここで結構じゃ。」
と、礼を言うと、狼は、だまって今来た道をゆっくり戻っていく気配がしたということじゃ。
「狼に送ってもらったときには、はいていたぞうりを片方やるもんだ、と聞かされていたが、この夜はまだ小原まで遠いので、やらずに別れたがなんともなかった。」
と、帰ってきた父は話しておった。
話者   武蔵   中谷 久恵
再話   湯之原   大野 寿男

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