十津川探検 ~十津川郷の昔話~
地蔵堂の謎地蔵堂の謎(音声ガイド)
   私には、藤治[とうじ]という叔父が居た。以前、出谷の松柱に住んでいた。若い頃は、臆病で、夜になると一人で歩けない男であった。
 串崎[くしざき]には、藤治の兄が住んでいて、その家で泊って出材[しゅつざい]の仕事に通っていた。ある夕方、仕事がおそくなって、地蔵堂の岡に来たときには、日がどっぷり暮れていた。串崎へ行くには、地蔵堂の岡の手前で本街道から別れて、斜めに細道を下ったのである。
 叔父は、暗い道を鳶[とび]をかついで下っていた。ちょうど、地蔵堂の岡の下に来た時、道ばたの草原で、バサバサッと音がした。臆病な叔父は、
「それ、狸がいた。」と思って鳶を打ち込んだら、
「きばってくれーよ。(やめてくれ)」と声がした。
 さあ、よわった。人を傷つけた、と思ったが、寂しいのと、おとろしいのとで、後もふり向かず、一目散に兄の家に駆けて行った。
 兄は、「えらいことをしたのうら。」
と言って、提灯[ちょうちん]に火をつけた。二人で行ってみると、大津屋の方へ血がポタリ、ポタリと続いていた。でも、それから何日たっても、怪我をさせられたという人もなかった。あがあに(あのように)血が続いているのじゃから、どこかの家へ入って傷の手当[てあ]ちょうするはずじゃあが、その話もなかった。
「きばってよう。」と声がしたんじゃすか、まんざら狸でもなかったじゃろうと思うが、今もって不思議じゃ。
記録   重里   榊本 利清

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