十津川探検 ~十津川郷の昔話~
麦のふんどし麦のふんどし(音声ガイド)
   弘法大師は、唐での修行を終え、日本へ帰ることになりました。
 いよいよ日本へ帰るという日、ある家の前に来ると、この家の犬が大師に吠えつき、なかなかそこを通そうとしないのでした。
 この様子を見ていた飼主が、大師のそばに寄ってきて、
「この犬はね、何か盗んで持っている人に吠えつくんですよ。」
と、話し出しました。
「いいにくいことを申しますが、あなたは、きっと何か盗んで持っているのでしょう。これまでに、盗みをしていない人に、この犬が吠えたことは絶対にないのですよ。」
「そうですか。お言葉はよくわかります。しかし、わたしは何も盗んでいませんよ。」
「そうですかねえ。とにかく疑いの晴れないまま、ここを通すわけにはいきませんからね。誠に申し訳ございませんが、持ち物、それに着物から全部調べさせていただきます。」
と、その人は少々きびしく言いました。
 実は、そのとき、大師は唐にきて見つけた、麦種を盗んで持っていたのです。こんなことになることもあろうかと考え、麦種の隠すところをいろいろ考えた末、尻のめぞに隠していたのです。
 飼主は持ち物から着物まで全部調べたが、何も見つけ出すことはできませんでした。飼主は、すまなそうに、
「この犬が吠えた人を調べると、必ず盗まれた品物が出てきたのです。この度は、あなたのおっしゃるとおり、何も見つかりませんでした。何も盗んでないあなたを、この犬が吠えてたいへんご迷惑をおかけしました。本当に申し訳ありません。」
と、大師に深くおわびをいいました。
 飼主は、この犬がこれまでに一度だって間違えたことがなかったのに、今回はたいへん迷惑をかけた、といって犬を殺してしまいました。
 大師は、こうしてその場をうまくのがれることができました。しかし、あの犬には何とも申し訳のないことをしたものだと、気がとがめ、日本に帰ると、犬の供養をしたということです。
 さて、麦に細いみぞがついているのは、弘法大師が尻のめぞに麦種をはさんで持ち帰ったからだといわれています。
 この村では、ついこの頃まで、
「犬の供養のため、麦の刈穂をする。」
といって、旧五月の最初の戌の日に麦を三束刈り取って、はでにかけ、供養したものじゃ。
話者   那知合   後木 たけ
再話   那知合   後木 隼一

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