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明治の初めに、谷瀬に長楽寺[ちょうらくじ]というお寺があった。このお寺のお尚は、なかなか気位の高い人物だったらしい。
旭[あさひ]の迫に清水寺[しみずでら]という無住のお寺があって、年に何回か、この寺へお尚は訪れることになっていた。
あるとき、迫の庄屋、福田兵蔵[へいぞう]に向って言うには、
「兵蔵よ、このわしを誰も招待してくれんが、これは、どういうわけじゃろうか。」
兵蔵は、
「それは、お尚がお偉い方なので、村の衆は遠慮しておるのです。」
と答えた。お尚は、
「そうであったか。兵蔵よ、わしをお前の家に招待してくれんか。」
「それはもう、どうぞ、どうぞ。お越し下さい。むさくるしいところですが……。」
お尚は、なおも言葉を添えて、
「兵蔵よ、わしをよんで(招待)くれるついでに、ひとつ頼みがあるんじゃが……きいてはくれまいか。」と言う。
「わたしにできることなら、お安いことです。何なりとお申し付け下さい。」
「なんにもいらんが、そうめん一貫目(約四キロ)と生醤油少々用意してほしいんじゃ。」
と、注文した。
兵蔵は承知して、早速、天辻峠を越え、五条へそうめんを買い求めに行った。
兵蔵の招きにより、お尚は、兵蔵の家を訪れた。兵蔵は大釜でそうめんをほどよくゆで、生醤油を添えて差し出した。
お尚は、
「兵蔵よ、ご苦労であった。では、早速ごちそうになりますぞ。」
こう言って箸をとり、そうめんをほんの少し醤油につけて、ツルツルツルツルとおいしい音をたてて食べ始めた。その速いこと、速いこと。次から次へと口に運んで、あっという間に一ざる消えてしまった。兵蔵があわててそうめんをゆでに走ったほどであった。
息つくひまもないほどの食べっぷりに、ポカンと見とれていた兵蔵に、お尚は、「どうじゃ、兵蔵よ、みごとじゃろうが……。」
と言って、また、食べ続けたという。 |
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話者 |
上野地 |
岸尾 富定 |
再話 |
上野地 |
松実 豊繁 |
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