十津川探検 ~十津川郷の昔話~
玉垣内の底なし田玉垣内の底なし田(音声ガイド)
   こりゃあ大昔の話じゃけんどのう。
 玉垣内の入口の道のはたに大きい田んあろう。
 あの田は、もとは大きい底なし沼じゃったんじゃあと。ほんで、沼の中に大きい松の丸太をいっぱいならべて、その上に泥をおいて田にしたんじゃちゅう話じゃあ。
 その底なし沼を田にするずっと前の話じゃが。
 この底なし沼には主がおる。その主は何百年もこの沼に住んでおる、ぐちなわじゃちゅうことが言い伝えられておったんじゃあ。
 その頃、その沼の近くの大きな家に、きれいな女の子ができたんじゃ。女の子は十四、五になったらどえらいきれいな娘になり、西川じゅうでも一番の別嬪[べっぴん]になったんじゃあ。
 その娘が十六になった年の春のある日の、ようさ(夜)のことじゃ。娘が一人ねよったら、一人の立派ななりをした若い男がその娘の部屋へ忍びこんできたんじゃと。ほいて、男は、なあにも言わんと一番どりが鳴あたら、だまって出ていってしもうたんじゃと。
 娘はちよっと心配になったんじゃけんど、あんまり立派ななりをした男じゃったよって、そのまま親にも言わずだまっといたんじゃ。
 ほいたら次の月の十日の夜もまた、みんなが寝てしもうたじぶんに、音もたてずに障子があいて、その男がはいってきたんじゃあ。
 男は、やっぱりだまって、娘のそばで一番どりが鳴くまでいて、音がせんように出て行くんじゃ。
 それから、毎月十日の夜になったら、きまった時刻にいつの間にか、その男が入ってきて、一番どりが鳴あたら出ていくんじゃと。
 そがあにしようるうちに、娘は、親らになあにも言うてなかったんじゃけんど、娘のそぶりでだんだんわかってきたんじゃ。ほんで親らも心配になって、
「月の十日になったら、お前んとこへ来る男はだれなえ、どこの男なえ。」
ちゅうて聞いてみたんじゃけんど、娘もさっぱりわからんよって、らちゃああかん、両親もよわってしもうたんじゃ。
 そこらでは、ちよっと見れんようないい男じゃし、娘もまんざらすかんこともなあらしいよって、もし、嫁にくれえいわれたら、やってもいいわと思うたんじゃけんど、どこの誰じゃあやらわからんよってしょんなあ。そこで両親は思案したあげく、
「こんど十日のようさ男がきたら、針に糸をつけておいて、その男がいぬときに、そっと着物のすそへぬいつけておけ。ほいたら、あとからその糸たぐっていたら、どこのし(どこの家の人)かわかるわ。」
ちゅうて、娘におしけ(教え)といたんじゃ。
 娘は、その次の十日のようさは、親にいわれたとおり、糸と針ゅう支度しといて、男がいのう(帰る)としたとき、知らんふりゅうして着物のすそへさしといたんじゃあ。
 ほいてから、朝みんなが起きてから、三人で糸たぐっていったら、その沼のとこへつとうとるんじゃあと。
 三人はびっくりして、ようしらべてみたら、糸は、その沼ん中へはいっとるんじゃあ。
 さあ、三人はびっくりしてしもうて、
「どがあにしたもんじゃろう。むかしから、この沼には主がおるちゅう話はきいたことんあるけんど、その主が男にばけて娘のとこへきよったらしいのうら。えらいものにみこまれたもんじゃ。」
ちゅうて娘はねこう(寝込んで)でしまうし、両親は、
「はよう言わんすかじゃ。」
ちゅうて、おこってみてもしょうがないし、よわっとったんじゃ。
そがあなことがあってから四、五日したとき、ちょうど、えらそうな山伏がその村を通りかかり、娘の家の前で足をとめて、
「この家にゃ近ごろ何かあったか。どうもこの家じゃ、最近、何か悪いことんあったようにみえるけんど。」
ちゅうんじゃと。ほんで娘の親は、
「こうこうこがあなことが、あったんじゃ。」
ちゅうて一部始終をはなしゅうしたら、
「ほんじゃ、おれが祈祷[きとう]をしたろう。ほいたら、もうその主もこんようなるよって。」
ちゅうて、それから、ごまあたく支度をして、十日の夜になるのを待って、日暮れからごまあたあて、山伏がよっぴとい(一晩中)おごうで(おがんで)くれたんじゃあと。
 ほいたら、そのようさはその男がこなんだんじゃ。
 やれやれよかったちゅうて、みんながよろこうで、あくる朝、その沼のとこへいて(行って)みたら、しりお(尻尾)のとこへ針んささって、そこからくさって死んだ大きなぐちなわが浮いとったんじゃ。
 やっぱりこいつじゃったらしいわ。ほんでもあれだけ娘にほれてかようてきたんじゃすか、このままではかわいそうな。あとのたたりんないように、おがんでもらいたいちゅうて、山伏にたのんで、ちゃんと祈祷をしてもろうたら、その後は、なあにもなかったちゅうこっちゃ。
記録   重里   東 勇

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