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果無山[はてなしやま]にふそうき谷という険しい谷がある。
そして、その中ほどに高さ二十メートル、つぼの周り三十メートルほどもある大きな滝がある。この滝は昼でもうす暗いほどで、滝つぼの底からは今にもなにかでてきそうな、それは気色の悪い滝なんじゃ。この滝を在所では「さいめん滝」と言うて、なんでも、この滝にはおとろしい主がおって、もしも谷をけがしたりすると、たたりがあるとおそれられておった。
昔、この在所一番の元気者で山次[さんじ]という若者がおった。
山次は、
「なになに、さいめん滝に主がおると。そんなばかなことがあるもんか。よし、ほんまにいるかどうか、おれさまが見てやるわ。」
と、ある日、背負いかんごにまやごえ(牛の糞)をうんとこ詰め込んで、さいめん滝の上にやってくると、滝つぼめがけて「ドボーン」と投げ込んだ。そして、
「やあい。ほんまに主がいるなら、さっさと出てうせろ。」
と、山次はどなっていばって見せた。けれど、いつもとおんなじ、ゴウゴウと滝の音があたりにこだまするばかりで、ただ、まやごえで青い滝つぼが白く濁ったぐらいじゃった。
拍子抜けした山次は、
「やれやれ、わざわざまやごえまでくれてやったのに。」
と、ぶつぶつ文句を言い言い帰って行った。
やがて、その日も暮れていつしか夜も更け、在所もどうやら寝静まったころ、山次は急に腹が痛いと苦しみだした。家の者、大騒ぎして夜どおし介抱したが、なかなか痛みは治らず、「痛い、痛い」と、家の中をころげ回った。
東の空が、にいっと明けそめたころになって、やっと山次もおとなしゅうなった。おっかあが山次の顔をのぞきこんで、
「お前、なんぞ悪いもんでも食うたか。」
と、きくと、山次は首を横に振って、
「そうじゃない。おれは滝つぼへまやごえをまくしこんだった。」
と、言うもんじゃから、
「なんと、まあ、えらいことをしてくれおった。こりゃ、そのたたりじゃ。」
「早うきよめて、主のいかりをしずめんと。」
またまた、家中大騒ぎして、滝に塩をまき、酒や米を供えていっしょうけんめいに拝んだのじゃ。
やがて、山次ももとの元気を取り戻し、また在所には静かな日々が続くようになった。
それから、何年も経ったある年のことじゃった。
ふそうき谷で、在所の衆といっしょに材木出しをしておった山次が、おらんようになったというのじゃ。谷の奥のてっぽうせぎの水を切って、材木を流しているうちに見えんようになったという。その日も暮れるまでさがしたが、とうとう見つからなかった。
あくる日、在所総出でさがしておったら、
「山次がいたぞ。」
「山次が見つかったぞ。」
と、いうので、その声のする方へ走ってみると、山次は、さいめん滝のもう一つ下にある滝つぼの底に沈んでいたのじゃ。
在所の衆は口ぐちに、
「やっぱり、さいめん滝のたたりじゃ。」
「たたりというのはおとろしい。いついつまでもたたってくるわ。」
と、いうて声をひそめたと。 |
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