十津川探検 ~十津川郷の昔話~
弓の兄弟弓の兄弟(音声ガイド)
   むかし、むかし。朝から晩まで弓と矢を持って遊んでばかりいる兄と弟がいた。
 あるとき、父親がたまりかねて、
「お前ら、それほど弓矢で遊びたいなら、粟[あわ]畑にやってくる雀[すずめ]でも射てみろ。」
と、言いつけた。
 兄と弟は、粟畑にいき、群がる雀めがけて、しきりに矢を射かけた。が、いっこうに雀は獲れず、落ちるのは粟の穂ばかりだった。これを見ておった父親は、いよいよ怒って、とうとう二人を家から追い出してしまった。
 家を追い出された兄と弟は、仕方なく弓と矢をこわきにかかえて、あてもなく歩き続けた。
 やがて、日もとっぷり暮れたので、二人は通りがかりのお宮の祠[ほこら]に入って夜を明かすことにした。昼間の疲れがいっペんに出て、兄も弟もそのまんまぐっすり眠り込んでしまった。
 やがて、何やらあたりが騒々しいのにおどろいて、外を見てびっくり。
 もう、夜はとっくに明け、祠の前にはきのこだの、柿の実だの、魚だのがいっぱいに供えられ、境内では村びとたちが大勢集まってガヤガヤにぎわっているではないか。
「は、はあん、どうやらきょうは村の祭じゃな。」
「これは、このままのんきにはおられん。」
「おい、弟、見つからぬうちに、ここを逃げ出すのじゃ。」
「いいか、おれが扉を開けて、いっきに飛び出すよってに、すぐ後に続くんじゃ。」
「うん、いいとも。」
「いくぞ。」
 ギーッ、扉を押し開けた二人はパッと外へ飛び出した。村びとたちはびっくりぎょうてん。
「お、お、神様が飛び出したぞ。」
「や、や、神様が逃げるぞ。」
 口ぐちにわめきながら、二人の後へついてきた。
 二人は、これには目もくれずに、いちもくさんに逃げた。やっと村びとからのがれて、気がついてみると、もう日は西に傾き、見知らぬところへ来ておった。へとへとに疲れた足を引きずり歩いていると、一軒の古びた家にたどりついた。トントンと表戸をたたくと、
「どなたじゃな。」
 しわがれ声の腰をかがめた老婆が現れた。二人が一夜の宿を頼むと、
「あいにく、ひとりしか泊められん。」
と、いう。
「おれたちは、弓の名手じゃ。」
と、いえば、
「それなら、庭の柿の実を落とせ。先に落とした方を泊めよう。」
と、いう。
 さっそく兄と弟が思い思いに矢をつがえ、まっ赤な的めがけて射かけた。兄が柿を落として泊まり、弟はしくじって、また先へ進むことになった。弟が日暮れの道をとぼとぼ歩いていくと、行く手にちらちら燈が見える。近よってよくよく見れば、今にも崩れ落ちそうなあばら家[や]。
「旅の者じゃが、泊めてくださらんか。」
と、言えば、またも老婆が現れ、
「泊めてやってもいいが、ま夜中になると鬼がやってくる。それでもいいかな。」と。
「おれは弓の名手じゃ。その鬼を退治してやるから泊めてくれ。」
やっと宿にありついた弟は、あばら家に入って足腰を伸ばした。
 やがて、夜も更け、老婆は長持に入って寝ることになり、弟は戸棚にかくれることになった。暗い戸棚の中に入って、そっと細目に戸を開け、弓に矢をつがえたまんま、今か今かと待っていると、ズシン、ズシンと大きな足音をたてて、どうやら鬼がやってきたらしい。弟は力いっぱいに弓のつるをひきしぼってかまえているところへ、表の戸がガラッと開いた。鬼の毛深い胸ぐらめがけてヒョウと矢を放った。矢は的を外れて柱にグサリと突きささった。
 少々おどろいた鬼は、怒って弟を戸棚から引きずり出し、しゃにむに肩にかついで出ていった。

 一夜が明けると、弟の後を追って兄があばら家にやってきた。
「もしや、若者がひとり来なかったか。」
「弓の名手じゃいうて泊まったが、鬼に見つかり連れ去られたぞ。」
「よし、弟の仇、きっとうってやる。」
 兄は、あばら家で夜になるのを待った。
 やがて、日が暮れ、夜も深まったので、老婆は長持にかくれ、兄は戸棚に入って鬼を待っていた。ま夜中になると、またしても、ズシンズシンと大地をひびかせて鬼がやってきた。鬼が表戸をガラッと開けたとき、戸棚から兄の放った矢が飛び出し、グサッとぶ厚い胸板に突きささった。「ギャオ」と一声高く、吠えた鬼は、どっとばかりに土間にくずれ落ちた。
 兄はあくる日、弟を探して鬼の隠れ処[が]にやってきた。が、弟の姿はなく、途方にくれていると、一羽の烏が現れて、しきりに啼[な]くので、そのあたりを探してみると、弟は死んだようにころがっていた。さっきの烏がまたやってきて、「ヨーモギ。ヨーモギ。」と啼き出した。
 兄は、
「よもぎの汁を飲ませろというんじゃな。」
と、近くの草むらからよもぎを摘んで、その汁を弟の口にふくませると、弟の体に血の気がよみがえって、息を吹き返した。
 兄と弟は、鬼のすみかに押し入ってたくさん宝ものをもって帰ってきたと。
話者   小森   西田 ワサノ
再話   湯之原   大野 寿男

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