十津川探検 ~十津川郷の昔話~
ガマ主と八人の杣師ガマ主と八人の杣師(音声ガイド)
   昔、紀和(三重県)に八人の仲の良い杣師の兄弟がいた。この兄弟が、大野片川[おおのかたこう]の山奥にある中八人山[なかはちにんやま]へ仕事に行ったときの話なんだが……。
 その山ふところに弁財天という大きな滝があり、その落ちこみは、深い渕になっていて、いつも青々としていた。
 この兄弟は、この滝の近くに杣小屋を建て、そこから仕事に行くことにした。
 ある日のこと、その夜は、よく晴れた満月の夜だった。一番上の兄が、夜中にそっとねまからぬけ出し、すうっと小屋を出ていった。朝になっても、兄の姿は見えない。兄弟達は不思議に思いながらも仕事に追われ、きっと兄は里まで買い物に行ったのか、それとも故郷[くに]へ用事のために帰ったのだろうと、余り深く気にもせずにおった。
 月がかわり、また満月の夜、みんなが寝しずまった真夜中、こんどは次男が小屋を出ていった。
 このようにして、七番目までの兄が次々といなくなり、末っ子の弟は、だんだんと不思議さをつのらせ、これは何かがあるにちがいないと思った。
 次の満月の夜までに、まさかりをちゃんちゃんにといで、その夜のためにそなえていた。
 いよいよ満月の夜がやって来た。末っ子は、兄達の事を考えながら、まんじりともせず丑三つ時(午前二時)を待っていた。
 すると、外からやわらかみのある手で、小屋の戸を「トン、トン、トン。」とたたき、やさしい女の声で「おいでよう。おいでよう。おいでよう。」と、呼ぶではないか。
 こんな人里はなれた山の中で、それも夜中に、女がいるはずがない。これはきっと妖怪(化物)かキツネかタヌキの仕業[しわざ]に違いなかろう。かねてより用意していたまさかりを後手に持って、こわごわ戸を押し開けたそうな。
 満月の光のもとに、それはそれは美しい女が、白衣の上に長い髪をたらし、黙って手招きをしていたそうな。
 弟は、手招きされるままに外へ出て、女の後へついていったそうな。
 女は弁財天の渕の方へすたすた歩いて行く。後ろについている末っ子は、きっと兄達は、この女にこのようにさそい出され、弁財天の渕へつれ込まれたに違いない。これは妖怪に違いないと思い、かくし持っていたまさかりを振り上げ、背中に一振り打ちおろした。「ギャーッ」と大きな悲鳴と共に、女の姿はその場から、かき消えた。
 弟は、あまりのおそろしさに一目散に小屋にもどり、戸をどうして閉めたかわからぬままに、ふとんをすっくり頭までかぶり、朝までがたがたふるえながら念仏をとなえていたそうな。
 夜が明け、弟はおそるおそる外へ出た。弁財天の近くへ行ってみると、昨夜女を切りつけた辺り一面血だらけで、血のついたまさかりだけがあった。そして、弁財天に向かっておびただしい血が流れていた。それをたどって行くと渕の水ぎわに、それはそれは大きなガマガエルが、背中を断ち割られ息たえていた。
 弟は、あまりのおそろしさに取る物もとりあえず故郷へ帰ったということだ。
話者   折立   玉置 藤夫
再話   折立   玉置 辰雄

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