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むかし、むかしのある村の話じゃ。その村には、大きな寺があったんじゃ。その寺は荒れ寺でなあ、くもの巣がいっぱいはって、雑草がはびこり、屋根は今にも崩れ落ちそうじゃった。
この寺にも旅の者が泊まることが時々あった。ところが、まだ夜も明けないうちに、どの旅の者も「ギャーツ」と叫んで寺からとび出して逃げてしまうんじゃ。こういうことが何度もあったので、村の衆は誰も近づこうとせなんだ。
ある夕方のことじゃった。顔中、ひげもじゃの男が一人、村に入って来てな、
「どこか泊めてくれるところはないか。」と、えらそうに尋ねたそうな。村の衆は、
「あの寺なら泊まれるぜ……けんどやめといた方がいい。化けもんが出るらしいんじゃ。」と言ったんじゃ。
こんなに言われると向きになったのか、それともよっぽど気が強いのか、その荒れ寺へ行ってしまっての。
「大丈夫かのう。」と、村の衆は心配気に見送ったんじゃ。この男も真夜中ごろ、「ギャーギャー」騒いで村をとび出て行ってしまったそうだ。
この出来事も忘れられかけたある日のことだ。一人の、いかにも強そうな侍が村に入って来た。
「化けものが出るという寺は、どこじゃ。」
村の衆は、気の毒そうな顔付[かおつき]で、
「あそこじゃが……。」と教えたんじゃ。
「おお、あそこか。」侍は、のっしのっし歩いて行った。
「行かん方がいいぞ。」
と、村の衆はとめたが、そんなことは聞き流して、行ってしもうたんじゃあと。
なるほど、お化けの出そうな荒れ寺である。侍は、寺に着くやいなや、
「たのもう、たのもう。」と、
大声をはりあげたんじゃ。すると、ギシギシ床を鳴らして一人の小僧が出てきたそうだ。
「なんでしょうか。」という。見ると、小僧の顔のまんなかに小さな目がひとつついている。こんなに早く化け物に会えるとは………侍は、内心びっくりしたが、そこは侍じゃ、
「一晩やっかいになるぞ。」と言った。小僧の顔はぱっと明るくなり、「どうぞ、どうぞ。」と、中へ入れてくれたんじゃ。侍は、長旅で疲れていたのか、破れ畳にゴロンと横になるとすぐ、クークーと寝てしまった。どのくらい眠っただろうか。
「お侍さま、お侍さま」と、肩を揺する者があるんじゃ。侍は、めんどくさそうにうす目をあけて、声の相手を見たんじゃ。そこにはな、杯[さかずき]ぐらいの目をした小僧が、侍を見下ろしていたんじゃと。侍は、たいして驚きもせんと、
「何か用か。」と聞いた。侍が、全然驚きもしない様子に、小僧はちょっとがっかりしたようだった。
「ごはんにしましょうか、お風呂にしましょうか。」
と、おそるおそる尋ねた。侍は、
「飯を先にするぞ。」と、命じた。小僧は、ひょこんと頭を下げて部屋を出ていった。
しばらくして、
「ごはんをもって参りました。」と言って、
女が入って来た。女が、ひょいと上げた顔を何気なく見ると、女の目は湯呑みくらいあったんじゃ。侍は、心中、びっくりしたし、うすきみ悪くなった。それでも平気をよそおって飯をガツガツかきこんだんじゃ。みそ汁をズルズル飲みこんだんじゃ。侍が、いっこうに驚かないので、女も少々がっかりしたらしく、しおしおと部屋を出ていった。
ご飯を食べ終ったところへ、さっきの小僧が入って来たんじゃ。
「お風呂に入りませんか。」やはり、ひとつ目だったがその目は、お茶碗くらいの大きさになっていたんじゃと。侍は、両わきから脂あせがにじみ出るのを感じた。それでも小僧に案内されて風呂に入ったんじゃ。
でも、刀を自分のそばからはなさなかったそうじゃ。
風呂から出て、部屋で火鉢にあたっているとな、
「お布団を敷きましょう。」と、女が入ってきたんじゃ。
ひょいとふり返って女の顔を見た侍は、息も止まるほどびっくりしたんじゃ。そして、声にならん声を出して寺をとび出して行ってしもうたんじゃあーと。
その女も、やはりひとつ目じゃったが、その目はどんぶりぐらいの大きさだったそうじゃ。 |
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話者 |
旭 |
中西 貞治 |
記録 |
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上野地小学校 |
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松実 豊繁 |
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