十津川探検 ~十津川郷の昔話~
キツネにだまされた五助キツネにだまされた五助(音声ガイド)
   昔、村に五助という百姓がいたそうな。
 ある日のこと、五助は隣村の親類へ遊びに行った。その帰りにナンバ(トウモロコシ)をたくさんもらったので、近道しようと山を越えることにしたそうな。汗をかきかき、きつい坂道を登っていくと、ちょうどいい具合にお地蔵様があったのじゃ。五助は、肩に食い込んだ荷物を下ろして一服することにしたのじゃ。木陰に寄って汗をふいているうちに、いい気持ちになって、ついうとうとと居眠りをしてしまったそうな。
 どれくらいたったのか。やがて五助が目を覚ますと、これはしまった、とっくに日は落ちて、あたりはもう暮れようとしているではないか。驚いた五助は、急いでナンバを背負って歩き出した。どんどん山を下って、やれやれやっとうちの近くへ来たと、ほっとしてあたりを見ると、なんと、まだ、お地蔵様のまわりをうろうろしているのである。
「これはいったいどうしたことじゃ。」
びっくりした五助が、あわてて背負い袋を下ろしてみると、ナンバはすっかり消えて中はからっぽであった。
「この山には、古キツネがいて悪さをすると聞いていたが、さてはおれもまんまとやられたわい。」
 五助は、舌打ちしながら気を取り直して家路を急ぐことにした。しばらくして五助は草むらの中で眠っているキツネを見つけた。五助は、
「しめしめ、このキツネめ、どうするかみておれ。」
やにわに石を拾って投げつけたのさ。
 五助の投げた石が、うまい具合にキツネのお尻にドスンとばかりに命中したからたまらない。キツネは、ギャンギャン悲鳴をあげて奥山へすっとんで逃げたそうな。
「やれやれ、これで仇[かたき]討ちができたわい。」
「それにしても道草を食いすぎたなあ。」
ひとりごとを言いつつ、走るように帰り道を急いだのじゃが、とうとう長い夏の日もとっぷりと暮れて、暗い山道をとぼとぼと歩いて行く始末となった。と、行く手に、ちらちら灯[あかり]が見える。喜んだ五助は走り寄って、
「ごめん、道に迷って困っている者じゃが、一晩泊めてくださらんか。」
戸をたたくと中からきれいな娘さんが現われて、
「泊めてあげたいのですが、あいにく今晩は取り込んでいますので……。」
 五助が家の中をチラッとのぞくと、座敷にまっさらな棺桶[かんおけ]が二つ並べてあった。
「実は、長い患いの果て、とうとうおじいとおばばは枕を並べて亡くなったのです。あとに残ったのは、このわたし一人、こうして夜とぎをしているのでございます。」
寂しそうに頭を下げる娘を見た五助は、
「それはそれはお気の毒に。そんなら、わしを泊めてくださらんか。ともども夜とぎをして進ぜよう。」
と言って、泊めてもらうことにした。娘は、大変喜んで夕ごはんの支度をした。二人で、夜のふけるのも忘れてよもやま話をしているうちに、五助は昼間の疲れが出て、いつの間にかコックリコックリ居眠りを始めたそうな。
娘が、
「お客さま、お疲れでしょ、どうぞこれへお休みくだされ。」
と、棺桶のそばに寝床をとってくれたのじゃ。五助は、言われるままに横になったものの、そばの棺桶がさすがに気がかりでなかなか寝つかれない。
五助が、見るともなしにそばの棺桶にそっと目をやると、その棺桶がゴソッゴソッと、少しずつ動く気配がするのじゃ。ますます奇妙に思った五助が、なおもじっと目をこらして見ると、棺桶は、確かに自分の方へ少しずつ寄ってくるようじゃ。五助は、ブルブルふるえながら出口の方へ後ずさり、棺桶に追われて、とうとう縁側までにじり寄ったかと思ったとたん、庭先へころげ落ちてしもうたのさ。その庭先と思うたは、実は川の中、ジャブンと大きな水音。五助は、やっと目が覚めたのじゃった。
 あたりはかんかん夏の日が照りつける昼下がり。五助は、山を下った谷川の滝つぼの岩の上にずぶぬれになって立っていたということじゃ。
話り   滝川   下村 タカノ
再話   大野 寿男

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