十津川探検 ~十津川郷の昔話~
さんばばのはなしさんばばのはなし(音声ガイド)
   むかしむかし、どおんどむかし、上湯川[かみゆのかわ]の竹谷[たけだに]というところに、おさんというおなごがおったと。
 おさんは、毎日、山へ、ヤマイモやフドをほりに行っては、薮平[やぶだいら]というとこの日だまりで、ひるねをするくせんあったと。
 おさんは、きょうも、クワをかたあで(かついで)、せどの山へフドをほりに、出かけたと。
 フドというのは、ヤマイモのようにのびたつるの下に、イモがついているのじゃあよ。 フドクボちゅう(という)とこで、太いフドのつるを見つけたおさんは、
「こりゃ、いいつるを見つけたわい。ましじゃ(よいなあ)、ましじゃ。」
と、ひとりごとを言いもうて、いそいそとほり出してみたと。ほいたら(そしたら)、なんとまあ、なべのまわりほどもある、大きなフドじゃったと。
 おさんは、あきれかえってみよったが、(たまげて見ておったが)
「ああ、よかった。よかった。きょうは、ひるねもしとれんわい。」
と、にこにこしもうて、「ドッコイショ、ドッコイショ」と、大きな大きなフドを持って、うちへいんだと。
 ほいてから(そして)、はらいっぱい食うて、ぐうぐうねてしもうたと。
 ところが、そのようさ(晩)のことじゃ。おさんがねとると、せどの山の神の大木のあたりから、だれそん(だれかが)、呼ぶ声がするんじゃ。
「今じぶん、だれじゃろう。」
と耳をすまして聞きよったら(聞いていると)、
「フドを返せ、フドを返せ。」
と、おめく(わめく)んじゃあと。
 おさんは、おとろしゅうて(こわくて)、おとろしゅうて、ねや(ねどこ)の中で、よっぴて(一晩中)、ガタガタふるえよったと。
 つぎのようさも、つぎのようさも、よっぴて、
「フドを返せ、フドを返せ。」
ておめくすか、おさんは、
「まてよ。こりゃ、ひょっとしたら、あの大きなフドは、山の神様のものじゃったのを、おれが知らんとほったんじゃろうか。」
「そんでも、もう、食うてしもうたものはどがあにもならん(どうにもならない)。ああ、よわった。よわった。ほんべつ(どうしょうもない)なあ。」
と、思うとるうちに、おとろしゅうて、ねれりゃあせず、とうとう、気がおかしゅうなってしもうたと。
 それから、何年も何年もたって、おさんは、こしのまがったおばあさんになってしもうたと。
 じげのしらは(村の人たちは)、いつやら知らんうちに、
「さんばば、さんばば。」
と呼ぶようになったと。
 四月十五日は、果無山[はてなしやま]をこえた向こうの、本宮(熊野権現)さんのお祭りなんじゃ。
 じげのしらは、春になると、本宮神事というて、この祭りに行くのをとても楽しみにしとったと。
 そんで、おさんの家のしも、じげのしらといっしょに、朝はようから、にぎりめしゅう(おむすび)もって、果無山をこえて出かけたと。
 ほいで(それで)、家に残ったのは、さんばばと、おたみちゅうおなごし(下女)と、ふたりだけじゃったと。
 その日は、朝から、いい天気じゃったが、夕方からは、どえらい雨が、ざんざん降り、風もふき、大しけになり、耳をつきぬくような大がみなりが、ゴロゴロなりだしたと。
 さいぜんから(さきほどから)、さんばばは、何やら、ぶつぶつ言いもうて、そわそわ、そわそわしとったが、ときどき、雨戸をあけて、外を見ては、
「まだこん、まだこん。」
と言うて、出たり入ったりしとったと。
 ほいて、その日も、くれてしもうたと。
 どえらいしけぶりの中で、ピカリといなづまが光って、パリパリと大がみなりが、はじけたと思うたら、まっ黒い雲が出て、そこらは、まっくらやみになってしもうたと。
 そのときじゃ、さんばばは、いきなり、
「そらきた、そらきた、きた、きたー。そらきた。きた、きたー。」
とおめえて(さけんで)、さらあ(新しい)ぞうりをひっかけて、暗やみの中へとびだしてしもうたと。
 おたみがびっくりしてあとを追うてみたけんど、雨はザーザー降るばっかし。
 まっくらやみで、さんばばはどこへ行ったのやら、かげも形もなかったと。
 やがて、本宮神事へ行っとったしらも帰ってきて、おたみにおさんの話を聞いて、じげじゅう大さわぎになったと。
「いかに(たいへん)、きょうといことのーら(こまったことになった)。」
「なしたこっちゃろうのうーら(どうしたことだろう)。」
「天ぐにつれて行かれたんじゃろうかい。」
と、さわあで(さわいで)おるとこへ、津越[つごえ]の定治[さだじ]ちゅうしん(人が)、帰ってきて、
「おれん、『いだんだわ(果無山の地名)』まできたときの、どえらいしけぶりんしてきてのら、そこらん、くらがしゅう(暗く)なったとおもうたら(思ったら)、みしろ(むしろ)一枚ほどもあるまっ黒いもんが、ヒューヒュー、おれの頭の上を通ったんじゃ。ひょっとしたら、さんばばは、あれにのっとったんじゃなかろうかのー。」
ちゅうて、村じゅうそうででさがすことになったと。
 みんな、かねやたいこをたたき、夜は、たいまつをふりかざし、
 さんばば返せ、ドンドンドン
 さんばば返せ、ドンドンドン
 さんばば返せ、ドンドンドン
谷をわたり、山をこえて、夜も昼もさがしまわったと。
二日たっても三日たっても、さんばばは見つからなんだと。
そんでも(それでも)、村のしゅうらは、
 さんばば返せ、ドンドンドン
 さんばば返せ、ドンドンドン
と、さがしまわったけんど、山びこん(が)返事するだけじゃったと。
 七日七晩、さがしまわったけんど、さんばばはとうとう見つからなんだと。
「かわいそうに、さんばばは、ほんまに天ぐにつれていかれたんじゃろうか。」
「さんばばは、むかしから薮平で、ようひるねをしよったが、あのじぶんからなんぞん、ついとったんじゃなぁかしらん(ないかしら)、ふしぎなこともあるむん(もの)じゃ。」
と言うて、じげのしらは、空を見上げてため息をついたと。
 それから十日ほどたって、源治ちゅうしん(人)、果無山の大平[おおだいら]という山へ行ったら、大きなトガの木の根もとに、さらあぞうりがおちとるんじゃあと。ふしぎにおもうて、そのトガの木を見上げると、木のえだに着物のきれがかかっとったと。
「あっ、ありゃあ、さんばばの着物のきれかもしれん。」
そうおもうて、するすると、その木によじのぼってみたと。
 ようみると、源治がおもうたとおり、たしかにそれは、さんばばがいっつも着とった、しまの着物のきれじゃったと。
「さんばばよー。さんばばよー。」
と、木の上から、大声をはりあげておめえてみたけど、おさんの声もせんし、すがたも見えなんだ。
 源治は、そのぞうりと着物のきれとをもっていんで(帰って)、みんなでさんばばの墓を作ってまつってやったと。

 それから何十年もたっての。若かったおたみも、どおんど(ずいぶん)、年をとったと。
 おたみが、のおなる(なくなる)ちいと前、家のしらをまくらもとによおで(よんで)、
「いかい(たいへん)世話になったけんど、おれも、もうなごうはなあ(ない)。そんじゃすか(それだから)、言い残しておきたいことん(が)あるんじゃ。今まで言うたことのなあ(ない)話じゃすか(から)、よう聞いてくれえ。ほかでもなあ、あのさんばばのことじゃ。おれん若あ(若い)とき、さんばばの家におったんじゃ。さんばばが出ていくきわに、『おれは、人目には人間に見えるじゃろうが、どうから下はヘビなんじゃ。今夜は、連れにきてくれるすか出ていくが、行くさきゃ(先は)、横枕[よこまくら]の滝(上湯川にある滝)か沖の河の牛鬼滝[うしおにたき](上湯川にある滝)かの、ぬしになるかもわからん。このこたあ(ことは)、こんりんざい(絶対)だれにも言うてはならんぞ。もし、人に言うたら、三日のうちに、おまえもつれにくるぞ。』と、きつう言われとったんじゃ。まっこと(ほんとうに)、おとろしい(おそろしい)ことじゃったよ。」と言うて、ブルブルッとみぶるいうして(をして)、間ものう(なく)息[いきゅ]う引きとったと。
話者   勝山 やさ子
再話   勝山 やさ子
(日本標準社刊「奈良の昔話」から)

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