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むかしむかし、ひとりの男し(男衆)が、一頭の牛を追うて、十津川から紀州へこえる山道を歩いていきょったと。
おてんと様が、カンカン照りつけて、とても暑い日じゃったと。
あんまり暑いすか(から)、男しは、きけてこおう(つかれてしんどく)なってきたと。
牛も、きけてきたんじゃろう。ハアハア、いいもうて(言いながら)、たらたらよだれをたらしておったと。
細い坂道を登って、あせを流しもうて、ようよう、山の峠についたと。
そこには、大きなトガの木が立っとって(立っていて)、すずしい風がふきよったと。
男しは、ぼたぼたとあせを流しもうて、
「ああ、こわかった。(しんどかった。)やれやれ、えらかった。」
と言いもうて、その大きなトガの木に、牛をつないでやったと。
牛もやれやれというように、道ばたの草をムシャムシャくうとったと。
男しは、そばの石にこしをかけて、風にふかれもうて、あせをふきふき休んでおったが、そのうちに、つい、うとうととねてしもうたと。
さあ、どれくらいねたんじゃろうか。牛が、ひょんな(へんな)声でなきたてるので、とびおきたとたん、あっとびっくりしたと。
こりゃ、どうしたことじゃ。これまで一度も見たこともない、どてらい(とっても大きい)一ぴきのクモが出てきて、その男しにも、牛にも、どんどん糸をかけてくるんじゃと。
男しが、むちゅうになってその糸をはずしたら、こんどは、牛をつなあどる(つないである)トガの木にぐるぐる糸をかけたと。
牛は、木といっしょになって、ぐるぐるぐるぐる糸をかけられて、「モー」ともなんともなけなんだと。
男しは、ただ、もうあきれてしもうて、ぼんやりとその場に立ちすくんどったと。
ほいたら(そしたら)、向こうの八重佐[やえさ]という山の下の滝のあたりで、「ドシーン」と、大きな音がしたんじゃと。
ほいたら、その音合図にして、大きなクモは、大きな地ひびきたてて、糸かけた牛も、そいて(それに)、大きなトガの木も「バリバリバリ」と根っこごし(ごと)引きおこして、
「八重佐引牛ドッコイショ」
「八重佐引牛ドッコイショ」
と、かけ声をかけもうて、みるみる八重佐の下の滝の方へ「ズシン、ズシン、ドシン、ドシン」と引っぱっていってしもうたと。
このさわぎがあってから、村では、この峠のことを、引牛といい、八重佐の滝のことを引滝というようになったと。 |
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(日本標準社刊「奈良の伝説」から) |
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