十津川探検 ~十津川郷の昔話~
山の神とかしき山の神とかしき(音声ガイド)
   むかし、上湯川[かみゆのかわ]のうちこし(峰のすぐ向こうがわ)の紀州日高郡の小又川のおくに、ひようし(材木を切ったり、出したりする日やといの人)が、大ぜいで、山仕事に行っとったときのことじゃと。
 山があんまり遠いよってに(から)、ひようしらは、山小屋にとまりこんで仕事をしよったんじゃと。
 山小屋では、若い男がかしき(すいじ係)をしとったんじゃ。男は、体は少し弱いが、まじめにはたらきよったんじゃと。
 男は、毎朝、毎晩、めしをたくたびに、山の神に、供えりょったんじゃと。そして、お経をよう知らんもんじゃから、つい(ただ)、
「はんにゃしんぎょう、はんにゃしんぎょう……。」
とだっけとなえて、おがんでおったんじゃと。
 ある晩のことじゃが、ひようしらの、いつもの、きょう一日のことを話しながらのゆうめしも終わり、かしきもなべのかたづけもすんで、みんなでしゃべりよったら、
「はんにゃしんぎょう、出てこーい。」
と、遠くで、大きな声で、おめく(さけぶ)のが聞こえたんじゃと。
 ひようしらは、そりゃあ、ふしぎに思うたんじゃと。ほんで(それで)、耳をすまして、だまっておると、また、
「はんにゃしんぎょう、出てこーい。」
と、大きな声で、おめくのが聞こえたんじゃと。小屋の中で、ひようしらは、ちいそう(小さく)なって、
「だれん(だれが)、よびょうるんじゃろう。(よんでいるんだろう。)」
「何の声じゃろう。」
「はんにゃしんぎょう、おまえのことじゃろうか。」
なんとか、ささやいとると、またも、
「はんにゃしんぎょう、出てこーい。」
と、小屋のすぐ上で、おめくのが聞こえたんじゃと。さあ、いよいよ、ひようしらは、おとろしがって(おそろしくなって)、かしきをざしきのまんなかへすわらせて、考えたんじゃと。
 いろいろ話し合ったすえ、ひようしらは、かしきを、小屋の外におし出してしもうたんじゃと。
 ところが、外に出されたかしきは、ちっともおとろしゅうない。やがて、どこからともなく、
「わたしが案内します。心配せずに、ついて来てください。」
と呼ぶ声がしたんやと。かしきは、あかりも持ってないのに、道がわかるんじゃと。そして、何ものかに、心をぐいぐいひかれて、どうも、上湯川のわが家へと、どんどん歩いておったんじゃと。
 しばらく歩いて、山のてっペんあたりに来たとき、ゆめうつつのように聞いたんじゃと。それは、
「やるぞー。やるぞー。」
という声と、少しして、ごろごろと石のまくれる(ころがる)音がしたかと思うと、バリバリーと小屋のつぶれるような音じゃったと。
 それでも、かしきは、だれかにひかれるようにして、とうとう、家まで帰ってきたんじゃと。

 こちら、ひようしらは、やれやれと思うとると、どこからか知らんけんど小屋の上あたりから、
「やるぞー。やるぞー。」
と、そりゃあ、大きな声で、おめく声が聞こえたんじゃと。
 ひようしらは、なんとなく、さっきのおそろしさはのうなって、今は、ただおもしろくなって、
「やれー。やれー。」
と、だれいうとなしに、いうたんじゃと。
 そしたら、また、
「やるぞー。やるぞー。」
と、聞こえたかと思うたら、ゴロゴロゴロゴロ、ドシンドシンという地ひびきといっしょに、大きな石がまくれてきて、あっというまに小屋はおしつぶされ、ひようしらは下じきになって、みーんな死んでしもうたんじゃと。
 あとで、このことを聞いた村の人たちは、
「かしきは、体が弱いとか、お経もよくおぼえていない、とかいわれていたんじゃあが(いたのだが)、山の神や仏を心からおがんでいたから、あんなあぶないとき、神のみちびきで、命が助かったんじゃろう。」
と、うわさしたと、いうことじゃ。
話者   中本 豊太郎
採集者   林 宏
再話   後木 隼一
(日本標準社刊「奈良の伝説」から)

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