十津川探検 ~十津川郷の昔話~
山女郎(3)山女郎(3)(音声ガイド)
   那知合のある猟師の話である。この猟師が行仙岳へ猟に行ったのであるが、どうしたことか、一羽のキジも見つからなかった。そのうち犬ともはぐれてしまい、いつの間にか、行仙の奥深くまで来てしまった。もうその時には、もどろうにもどれぬ暗さになっていた。
 犬を山に放っておくこともできないし まして、この暗さではどうにもならない。仕方なく枯木をあつめてたき火を始めた。幸い雨露をしのぐだけの岩屋も近くにあった。昼飯の食い残しも少しあったので、それでどうやら腹もおさまった。
 ふと、人の気配を感じて、たき火の向こうをうかがうと、丸太に腰かけた一人の女がいた。ゾッとするくらいの美しい女であった。思わずかたわらに置いた銃に手が伸びた。そのとき、
「お前、わたしを撃つつもりかい。それはむだなことだよ。それよりも、お前が今食っていたものを、わたしに分けてくれないかい。その代わり、と言ってはなんだが、お前の命をお前に預けよう。」と言った。どうやら敵意はないらしい。竹の皮につつんだ残りものの握り飯を二つ差しだすと、女は、
「お前たちは、こんなものを食べているのか。あんまりうまいものでもないな。」といって、二つとも食べてしまった。食べ終わるともう用事がないのか、立ち上がり、
「お前、いいな。お前の命はお前に預けたぞ、わたしに出会ったことは誰にも言うなよ。言えば、お前の命をすぐもらいに行くぞ。わかったな。」と、静かに言った。
男はこっくりうなずいた。
 さて、それから何年かたった。男は、山女に出会ったことを決して誰にも話さなかった。美しい嫁さんももらった。幸せな日々が過ぎていった。
 ある年のこと、大変な流行病[はやりやまい]がこの村にも入ってきた。はしかであった。当時、ほうそう(天然痘)を器量とりと言い、はしかは命とりと言われた。
 男は、はしかにかかった。流行病にかかれば、村から遠く離れた山の中に小屋をたて、家族がもってくる食糧で、わずかに命をつなぐ、というものであった。昔は、そういう治療法しかなかったのである。
 男は、山の離れ小屋に連れていかれるという日、妻に、昔、山で出会った山女のことを話してしまった。十数年も昔のことだから、もう大丈夫だと思ったのである。決して話してはならない、という約束を破ったのである。妻は、
「お前さん、話さなくともよいことは、話さねばよかったものを。」
と、顔をくもらせた。
 男は、戸板に載せられて山小屋に運ばれた。村人は、逃げるように去ってしまった。
 あくる日、妻は食糧をもって山小屋に行った。戸を開けて中に入った妻は、はっとした。夫がいないのである。
 小屋の外を探し回ったが、どこにもいなかった。むしろは、敷かれたままだったが、紙子[かみこ]の夜具はきちんとたたまれたままであった。
 妻は、夫が秘密をしゃべったために、山女に連れ去られたにちがいないと思ったという。
話者   長殿   青木 なみ
再話   松実 豊繁

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