十津川探検 ~十津川郷の昔話~
山女郎(2)山女郎(2)(音声ガイド)
   三浦峠から行仙[ぎょうせん]の間は「百町(約十キロばかり)の渡し」といって寂しい尾根道である。
 ずっと、昔のことである。一人の旅人が、三浦峠を越え小森へ道を急いでいた。釜中[かまなか]奥のかずら山のあたりにさしかかったころ、ひと汗かいたので、しばらく休んだ。汗を拭いて、つかれもとれたので、さて、行こうかと、前方を見ると、少し離れた所の道わきの石に一人の美しい女が腰を下ろし、髪を櫛でゆっくり解いているのである。女は、髪を上から下へゆっくりと解くと、櫛を裏返してのぞき、また、上から下へゆっくりと解いていた。やがて、旅人を見てにっこり笑ったが、何も話しかけてはこなかった。ぞくっとした旅人は、妙な女だと考えた。そして、何気なしにひょいと後ろを見ると、そこにも同じような美しい女が、道わきの石に腰を下ろし、髪を上から下へゆっくり解いているのである。そして、櫛を裏返して見ては、また上から下へ解いていた。そのうちに旅人の顔を見てにっこり笑ったが、やはり何も話しかけてはこなかった。
 旅人は、これは話に聞いていた山女郎に違いなかろうと考えた。こうなってはもう逃げられない。心を決めると、頭を地面にこすりつけて、
「どうか、この旅を無事続けさせて下さい。どうか命だけは、お助け下さい。」
と、前と後ろの女に、それぞれ心をこめてお願いし、心の中で神々にもお祈りをした。しばらくして、おそるおそる頭を上げてみると、不思議なことに、さっきの、あの美しい女の姿は、全く見当らなかった。
「これはお助け、ありがたい。」と、心からお礼をいいながら行仙に向かって尾根道をたどって行った、ということである。
話者   西中   鎌塚 良彦
記録   西中   鎌塚 静江
再話   後木 隼一

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