十津川探検 ~十津川郷の昔話~
山んばと藤市山んばと藤市(音声ガイド)
   むかしむかし、出谷[でだに]に藤市という丸太切りがいた。
 ある時、藤市は上湯下[かみゆしも]の道上で木を切っていた。ちょうどその下の道で、山んばの子供がトンボ採りに夢中になって遊んでいたんじゃ。それを知らない藤市は、切った丸太を勢いよくまくってしもうた。運の悪いことに、その丸太が山んばの子供に落ちかかり、うたえつけ(おさえる)て殺してしもうたんじゃあと。
 藤市は、
「えらいことをしたもんじゃあ、どうしたらいいもんじゃろう。」
と、仕事もろくに手につかず、毎日、おろおろして暮らしておった。やがて、山んばは、藤市がまくった丸太で自分の子供がうたえられて死んだことを知ってしもうた。山んばは、大地をふみ鳴らし、木々を引き裂いて怒り悲しみ、子供のかたきを討とうと、藤市の家をめざして地鳴りをおこしながら出向いていったんじゃ。
 藤市は、山んばがかたきをとりに来るに違いない、と思っていた。そして、いつでも逃げられるように身支度をしていたのである。
 とうとう藤市が予想していたとおり、不気味な風の音がして、下からつきあげてくるような地鳴りで家までゆらぎ始めた。
 藤市は、生きた心地もなかったが、それでも一目散に下湯坂のとこらへんまで逃げていった。それを見つけた山んば、いきなり右足を西のおうじの峠の岩へ、左足をしだの森にふんばり、大石を両手でもちあげると、藤市めがけて投げつけたんじゃ。藤市が、その石の下敷きになって死んだものか、大石の勢いでふっとんだものか、影も形もなかったそうだ。
 こんなことがあってから、下湯坂を登った所を「とういち」とよぶようになった、ということじゃ。
話者   出谷   中 シゲノ 
記録   中 いおり
再話   玉置 辰雄

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