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折立から約二キロ、玉置山へ登って行く途中、道の左側に高さ二十メートルばかりの滝がある。この滝の付近には、尾が二つに分かれた怪猫[かいびょう]がいた。これを猫又というのだそうだ。この猫又を見た者は必ず死ぬといわれ、この滝に近づく者はいなかった。
ところが、あるとき、一人の炭焼きが、この滝付近で炭を焼こうと小屋を建てた。一日の仕事が終わってドブロクを飲んだ男は、酒のいきおいもあって、
「オーイ、猫又、いるなら出て来い。おれはへっちゃらじゃあぞう。」
と、滝の渕にむかっておめえた。何回おめえても何事もおこらなかった。
「へん、な~んだ。猫又なんざ、おりもせなんだわい。」
ところが、どうだろう。しばらくすると、小屋の周りをニャオーニャオーと猫の鳴き声がとりまいて、時間がたつにしたがって、ますますその声が高くなった。小屋の中の男は、酔いもすっかりさめ、ガタガタ震え出した。
「どうか、お許し下さい。お助け下さい。二度とあんな悪さはいたしませんから。」
と、四方八方平謝りに謝った。すると、猫又も、男の心がわかったのだろうか。鳴いていた猫の声が、急に周りから消えてしまった。それっきり、何も起こらなかった。しかし、夜が明けきるまで、男は眠ることができなかったという。
また、あるときのこと、折立の一猟師が、猫又へ猟に行ったところ、猿の悲しい泣き声を聞いた。見ると滝の上の大木の、しめなわのようにかかった藤カズラに大蛇が巻きつき、猿を今まさに飲み込もうとしているのであった。大蛇は、猿を飲みつつ、冷たい目で猟師をじっと見つめた。男は、身がすくんでしまって動けなくなってしまった。
猿を助けてやろうと思っても、どうにもならない。
このことがあってから、この男は猟をぷっつりやめたそうである。
また、こんな話もある。一人の男が、正月元旦というのに朝早ようから猟に出かけたそうだ。あっちこっち猟をしているうちに、いつのまにか猫又の滝に来ていた。
何気なく、滝の上の杉の大木を見て、ひどく驚いた。巨大な蛇が、杉の根元から巻き付き、大木のてっペんに頭を載せて、じっと男を見ているのである。向こう意気の強い男は、よし、あいつを為留[しと]めてやろう、と鉄砲に弾を込め、大蛇の頭をねらった。しかし、男は、足がすくんでしまい、どうしてもうつことができない。そのうち体中に脂汗がにじみ出て、何とも言えない恐ろしさに襲われ、鉄砲をほうりだして、一目散に逃げ帰ったということだ。
猟師は、そのまま寝込んでしまい、何も飲まず、何も食わず、あっけなく息を引きとった、ということである。 |
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話者 |
武蔵 |
中泉 イワノ |
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奈良 |
小中 善雄 |
記録 |
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松実 豊繁 |
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