十津川探検 ~十津川郷の昔話~
氏神様を怒らせた男氏神様を怒らせた男(音声ガイド)
   ずうっと昔から、ここ内原[ないはら]の在所では、年に一度の氏神様のお祭りの日に、在所の衆ひとり残らず社の森に集まってにぎわうことにしておった。
 ことしも、みなの衆、お神酒[みき]をたらふくよばれ、日がな一日、唄え踊れの大にぎわい、お天道様が西の山に傾きかけた頃、ようやく切りあげて三々五々、それぞれの家路を急ぐのじゃった。
 ところが、あまりの深酒に酔いしれたひとりの男、しーんと静まりかえった森にとり残されたまんまグウスカ眠りこけていた。
 やがて、あたりがうす暗くなった頃、ようやく目を覚ましたこの男、なにを思ったか、いきなり、祠[ほこら]を引き開け、ご神体の玉石[たまいし]を抱きかかえると、そのまんま、さっさとわが家へ持ち帰った。あくる日、男は玉石を庭に持ち出し、ころころ、ころころ転がして、ふざけていた。
 たまたま そこへ通りかかった近所の衆が、そのようすを見て、びっくりした。
「おい、おい、あの男、気が変になったぞ。そのしょうこに、ご神体をなぶりさがしとる。さあ、これは一大事、今にばちが当って、どいらいことがおきるぞ。」
「氏神様は、思って奥里奥の熊谷権現へお戻りになったにちがいない。」
と、在所じゅう上を下への大騒ぎ。そこへ、宇井平[ういだいら](在所の上流)の田んぼに丸太が通ったような跡がある、という知らせがきた。
「やっぱり、氏神様は熊谷さまへお戻りになったのじゃ。」
「きっと、ぐちなわに姿を変えて帰られたのじゃ。」
「さ、そうとなりゃ、一刻も早くお願いして、今一度お連れしよう。」
と、在所の衆が神主さんを先頭にたてて熊谷さまへ参ったのさ。
 こうして、みなの衆、三日三晩、必死に拝んでいたら、三日目の丑三[うしみつ]どき、氏神様は、くもに身を変えて、やっと、内原の社にお戻りになったということじゃった。
酒の勢いで、ふざけたその男、それからは、二度と酒を口にしなかったそうな。
 なんでも、もう二百年も昔の話。
話者   滝川   下村 タカノ
再話   大野 寿男

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