十津川探検 ~十津川郷の昔話~
娘になった狐娘になった狐(音声ガイド)
   明治の終りころの話だそうだ。その頃は、炭焼きをする人たちが、方々の山に入って炭を焼いていて、山もにぎわっていたそうだ。原木がなくなると別の山へ渡り生活をしていた。この話は、その頃の一人の炭焼きに聞いた話である。
 あるとき、一仕事終えたわしは、炭焼き小屋の近くで休んでいた。何げなく遠くの山を眺めながら思いにふけっていた。そして、ひょいと近くへ目を移すと、少し離れた大木の根元できつねが一匹、一生懸命になって落ち葉を集めているのである。何をするのかと気になって、じっとながめていると、おやおや、落ち葉を身に付けだしたのである。きつねは、大まじめのようである。まもなく体全体に落ち葉を付け終わると、二、三回ブルブルッと大きな身ぶるいをした。
 なんと不思議、きつねはみごとに美しい娘に化けてしまった。娘は、また、落ち葉を集め、みるみるうちに重箱を作ってしまった。こんどは、落ち葉を丸めだしたのである。そして、おいしそうなだんごを作り、重箱にきちんとつめてしまった。さらに、落ち葉で美しい風呂敷を作り、重箱をうまく包んでしまったのである。
 こうして風呂敷包をさげた姿は、なんとも可愛い娘さんだ。すべてが仕上がると、娘さんは、風呂敷包をさげて、さっさと歩き出したのである。ついついひかれてわしは、少し離れて目に付かんように、静かに後を付けたんだ。どれくらい歩いたのかは、はっきり覚えていない。もう夢中で娘の後を追っていたから。
 やがて向こうに一軒の山小屋が見えてきた。娘は山小屋の前に着いた。わしは、少し離れた大きな木の陰にかくれて、じっと様子をうかがっていたんだ。
 娘が声をかけると、山小屋の中からやせたばあさんが、ひょっこり姿をあらわした。そして、せまい縁側で、しばらく親しそうにことばをかわしていた。そのうちに娘は風呂敷包をといて、おばあさんにだんごを差し出したんだ。木の葉のだんごとも知らないおばあさんは、さもうれしそうに口に入れようとした。
「そんなものは食べてはいかん。」と、わしが大声を出した、そのとき、どこかでわしを呼ぶ声がするのだ。耳をすますと、また、また、大きな声で呼んでいるようである。
 はっと気がついてみると、何とわしは、炭俵をかぶっているではないか。化かされていたのは、わしだったんだよ。
話者   上野地   松本 直治
再話   後木 隼一

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