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ずっと、昔の話である。松柱のある家の父さんは丸太切りで、山へ泊まり込んで仕事をしていた。
ある夜のこと、誰かが戸をたたくので、開けて見ると、嫁さんが子供を背負って立っていた。びっくりしている父さんに、
「子供が、どうしても父さんの所へ行こうら言うすか(ので)、連れて来たんじゃ。」
と言った。父さんも一時は変に思ったが、子供の顔を見ると機嫌も直り、
「まあ、入れよ。」
と、小屋に入れた。嫁さんは、子供を背負って中に入って来ると、
「ああ、腹へった。」
と言うもんだから、飯の用意をして、たらふく食べさせた。しばらくして、
「今日はもう帰れ、あんまり遅うなってもいかん。」
と言うと、嫁さんは子供を背負うてさっさと帰って行った。
あくる夜になると、夕べと同じころ、嫁さんが子供を背負ってやってきて、
「子供が、どうしても父さんの所へ行こうら言うすか、連れて来たんじゃ。」
と言ったと。そして、腹がへったと言うもんだから、たらふく食べさせて帰らせた。次の夜、またまた同じころ、嫁さんは子供を背負ってやって来た。そして、「子供が、どうしても父さんの所へ行こうら言うすか、連れて来た。」
という。どうも、おかしい。
「いつもいつも、こんなに夜遅う飯を食らいに来て。もしも、明日の晩、お前らがここへ来たら、この鉄砲でうつぞ。」
と怒りながらも飯を食べさせて帰らせた。
それにしても不思議なことだ。こう度々来られてはたまらん。とにかく明日は家に帰るとしよう。
翌日家に帰り、これまでのことを嫁さんに話した。嫁さんは、そんなことはしていない、全く知らぬことだという。いくら確かめても知らないというのは本当のようだ。それならよい、嫁さんを疑う余地はなさそうであった。
それでは、昨夜まで来ていた者は何者であろう。いよいよ不思議でたまらない。不安がないわけでもないが、
「もし、お前らが、また、小屋へ来たら本当にこの鉄砲でうつからな。絶対に来るなよ。」
と、きびしい声で何度も念を押してから山へ出かけて行った。
仕事を終えて、夕飯もすまし、あれだけ言っておいたんだから、よもや今夜は来ることもなかろうと、休んでいると、意外にも、いつもと同じころ、嫁さんが子供を背負ってやって来た。
「子供が、どうしても父さんの所へ行こうら言うすか、連れて来た。」
と言った。こいつはただ者ではない。よくもずうずうしく来られたもんだ。油断していたら命が危ない、と思い、
「昨日あれだけ言ったことがわからんのか。今日来たら鉄砲で撃ついうたこと覚えとるじゃろ。」
と言うが早いか、そばにあった鉄砲を取って、逃げようとする嫁さん目がけて一発ぶっぱなした。
嫁さんは泣き泣き、
「これまで一緒に暮らして来て、こんな目に合わされるなんて…。」
と撃たれた傷を押さえ、泣き叫びながら逃げていった。
父さんも、一時は恐ろしさと腹立たしさとでかっとなり、嫁さんを撃ってしまったが、少し気が落ち着いてくると、やはり気になって、たいまつをつくり、後を追った。たいまつを明かして見ると、まだ、真新しい血が道にそって落ちている。しだいに心臓も高鳴ってくる。胸さわぎもする。足どりも早くなってくる。血のあとは、家まで続いている。家に着くとあわてて戸を開け、いきなり飛びこんだ。
部屋では親子は、いつものように寝ていたが、気の立っている父さんは母子をゆり起こし、
「今日、あれだけ言ったのに、お前ら、さっきおれの小屋へ来たな。」
と、大声でどなると、
「行きゃあせんぜ。」
と嫁さんがねぼけまなこで言った。それでも、まだ信じられない父さんは、
「うそつけ、確かにさっきお前ら、おれの小屋へ来とったんじゃ。」
「うそじゃない。行きゃあせん。-そういゃあ、さっき、牛小屋のあたりで、何かうなるような声がしよったわ。」
と言う。嫁さんも起きて来て、たいまつを持って一緒に牛小屋に行った。血は牛小屋のそばの大木へ続いている。よくよく見ると、腐ってあいた木の穴へ、飯をたくさんつめこんで、真白な大きなたぬきが、血まみれになって死んでいたということだ。 |
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