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むかし、迫[せ]の在所に、吉兵衛と六兵衛という男がおった。二人は大の釣り好きで、ちょっとの暇を見つけては、川へ走るほどの仲であった。
「このごろ雑魚[ざこ]しか釣れらんのーら。」
「うん、どこへ行ってもアメノウオ一匹もおらんのーら。」
「ほんまに、どこへ消えてしもうたんじゃろう。」
「あした、もっと奥へ行ってみらんか。」
「おう、そうしょうら。こんどこそアメノウオを釣ろうらー。」
あくる日、吉兵衛はきげんよく六兵衛に話しかけた。
「よう、六兵衛、わしはいいところを思いついたぞ。」
「ほんまか、それはどこじゃ。」
「二重滝じゃ。あそこは、ぎょうさんおるということじゃ。」
「二重滝じゃあと。あすこには、滝の主がおるちゅうことじゃあぞ。なんでも、しろへびということじゃ。行かん方がいいぞ。吉兵衛。」
「なあに、そんな話は年寄りの考え出した嘘か迷信に決まっとる。わしは行くぞ。」
「吉兵衛、人が行ってはならんという所には、何かわけがあるに決まっとる。行かんほうがいいぞ。やめておけ、吉兵衛。わしは絶対に行かんぞ。」
「ふうん、お前は意外に肝っ玉の小さい男じゃのー。そんな男とは知らなんだ。よし、それじゃあ、おれ一人で行くぞ。おれが釣ってきても、うらやましがるなよ。」
そう言って吉兵衛は、本当に出かけて行った。
二重滝は、迫のずっと奥にある。滝は上、下二段に分かれていて、音もなく流れ落ちる水は、とろんとした笹[ささ]色のふちをつくっている。この滝には、年中アメノウオが群れていた。実際、この滝へ行くのは今でも相当の覚悟がいる。川に沿って行けば、つかみどころのない岩壁を命をかけて登ってゆかねばならない。
「いやあ、これはほんまによう釣れる。六兵衛も来ればよかったのになあ。ばかなやつじゃ。憶病者というのは損なもんだ。」
吉兵衛は、大岩の上から顔だけ出して、腹ばって釣り糸をたれていた。こうして小一時間もすると、ぼうつり一杯になってしまった。
「もうこれくらいでよかろう。腹でもするか。」
ぼうつりをひっくり返して一匹目のアメノウオの腹を割[さ]こうとした。そのとき、小さな白いへびが足元によってきた。
「ほう、これが六兵衛の言っておった滝の主か、なんとまあ、ちびっこい白へびじゃないか。」そういって足でけりこもうとしたとたん、白へびは、吉兵衛の足にかみついた。
「このやろう、何をするのだ。」怒った吉兵衛は、持っていた小刀で白へびの首を切り落とし、ふちの中へ投げこんだ。するとどうだ。みるみるうちにふちはわきでるように真っ赤になってしまった。そして、赤い帯となって下流へ流れていった。
「うわあ、助けてくれー。」悲鳴をあげて吉兵衛は後ろも見ないで山へかけのぼった。
それからは、再び誰一人として、この二重滝へ近寄ろうとするものはいなかったのである。 |
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話者 |
旭 |
岸尾 富定 |
記録 |
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上野地小学校 |
再話 |
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松実 豊繁 |
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