十津川探検 ~十津川郷の昔話~
かったい水のいわれかったい水のいわれ(音声ガイド)
   昔、昔。大雨が降りしきる夕暮れどきのことじゃった。
 上湯川の寺垣内[てらがいと]の、とある家の前に、いずこから来たのか一人の旅人が立ちどまったのじゃ。
「もし、どうぞ一夜の宿をお貸しくだされ。」
 家の者が,おもてに出てみれば、この旅人、体じゅう生傷と膿[うみ]だらけで、家の者は、これを見て泊めるわけにもいかず、あれやこれやと口実をつけて断わったそうな。
 旅人は、仕方なく疲れた足を引きずるようにして、その場を立ち去って行ったのじゃ。
 やがて、旅人は丹生[にゅう]の川の方へと足を向けたのじゃが、道中雨はいよいよはげしく、その上に日もとっぷり暮れて、もはや歩くこともならず、とうとう道端の大石の陰に入って、雨をしのぎ一夜を明かそうとしたらしい。この大石というのは、引牛峠[ひきうじとうげ]のお地蔵さまの近くの谷にあった大石じゃった。
 旅人は昼間の疲れと、夜ふけの寒さに、もう死人のようにぐったり、動くこともかなわなかった。夜半、昼間からの大雨で地盤がゆるんだのじゃろ、この大石がぐらぐらと地ひびきたてて崩れ落ちたからたまったものではなかった。旅人はその下敷きとなり、あわれ一命を落としてしもうた。
 あとになってわかったことじゃが、この旅人、身なりこそ、ふびんじゃったが、大きな袋を背負った大金持ちじゃったそうな。
 そんなことがあってから、地下[じげ]の衆、だれ言うとなしに、このあたりをかったい水というようになったそうだ。
 地下の衆が、この旅人の死をいたみ、ねんごろに葬ったことはいうまでもない。
話者   上湯川   岡本 勝比古
再話     大野 寿男

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