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大塔宮一行は、日高川にそって上り、さらにその支流の八重佐[やえさ]川にそって十津川を目ざしていた。
そして、とうとう十津川領に入られたのである。その夜はひとまず、旅の疲れを休めるための場所をさがしていると、崖の中に一つの岩屋を見つけ、一行は、そこで一夜を明かしたのである。
村人は、岩屋で宮の一行が一夜を過されたことを知り、その後、ここを公文窟と呼ぶようになったということである。
夜が明けたので、一行の一人が外をうかがっていると、はるか向こうの草原を野武士らしき者が、こちらに向かって懸命に駆けて来るのが見えた。
四面を賊に囲まれている一行にとっては、少しの油断もならない。あれは間違いなく賊の手下の者であろう。我らの行方を探して、すでに賊はここまで迫っているのか。
宮は、従者に命じて、野武士を射させた。矢はみごとに当たり、野武士はぱったりと倒れた。しばらくは、静まりかえっていた。賊らしき者も現われない。従者たちが駆け寄って、野武士の顔を見たとたん、その場にくずれ込んでしまった。あゝ、この武士は、藤代[ふじしろ]の戦いで行方知れずになっていた、大塔宮の近侍なのであった。近侍は賊の中をくぐり抜け、宮を慕って、後を追ってきたのであろう。何とも悲しいことである。
宮は、大そう哀れに思い、従者たちも、深い悲しみに沈んでしまった。まもなく、真心をこめて、そのなきがらを葬り、読経して、近侍の心を鎮め、冥福を祈ったという。
その後、この平地には、なぜか大木は茂らず、年中青草が絶えないのでいつのころからか、あたりの人々は「青草の平」と呼ぶようになったということである。 |
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