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昔、神納川[かんのがわ]の三浦の上尾戸[うえおど](屋号)に吉村元衛門[もとえもん]一家が平和に暮らしておった。
ある年のこと、その上尾戸の下屋[したや](縁の下)のいもつぼに六部[ろくぶ](諸国をめぐる僧)が、金子(お金)を奪われたうえに殺されて、ほうり込まれておったのじゃ。この降って湧いたような不幸に吉村一家はうろたえた。
「いったい、どこのどいつが、こんなむごたらしいことをしでかしたのじゃ。」
元衛門は在所の衆と大騒ぎして悪人を捜したが、まったくわからんかった。とうとう在所の衆が寄って思案したあげく、
「こうなったら、玉置山の三狐神[こじん]さまに頼んで、悪人を捜してもらおうじゃないか。」
と決まり、元衛門が、みなの衆に代わって玉置へ登ったのじゃ。
やがて、玉置に着いた元衛門は、早速わけを話して、悪人捜しに向こう三年の間、三狐神さまのお使いを借りたいと頼み込んだのじゃ。すると、どうやら願いは聞き届けられたとみえて、玉置山を下る元衛門のおいずる(背負いかご)は、ずっしりと重く背中にこたえたそうな。
元衛門が、三狐神さまのお使いを借りて在所へ戻ってみると、
「悪人捜しも、ついでに元衛門に頼もう。」
ということに決まっていた。
「それなら、やむをえまい。」
と、元衛門、早速、旅装束に身を固め、三狐神さまのお使いが乗ったおいずるを背負って、悪人捜しの旅に出たのじゃった。元衛門は、道中、三度三度の飯どきに、必ず、背中のお使いにも飯を供え、一ときもはやく悪人がみつかるようにと、祈りつづけるのじゃった。
歳月はずんずん過ぎて、旅も大和から紀州をおおかた一周りしたが、いぜん何の手がかりもない。
玉置でお頼みした三年の期限も残り少なくなったある日、元衛門は、紀ノ川沿いの名手の在所にさしかかったのじゃ。
在所に入ってみると、商売がたいへん繁昌していると見える一軒の店があった。元衛門が、そこでひと休みしようと縁側に腰を下ろした、そのときじゃった。「ドン」と、大きな音がしたかと思うと、背中のお使いが跳び上がり、店の壁にあったすげ笠を口に喰わえて、ドスンと降りてきたのじゃ。その笠には、三十郎と書いてあった。こんどは、この店の旦那の着物の裾を喰わえて放さなかった。
元衛門は、この旦那こそ、わしが捜し求めた悪人と知り、役人の前に突き出したのじゃ。とうとう、この旦那は役人の前で三浦の六部殺しを白状したのじゃ。やがて、この旦那は(三十郎)人殺しの罪で行仙岳の山頂近くで処刑されたのじゃった。
ところが、この騒ぎに三狐神さまに誓った三年の期限を、三日も過ぎてしまったのじゃ。在所の衆は、三狐神さまにお詫びし、後々のたたりをおそれて、三浦でねんごろにお祭りすることにしたのじゃった。
今でも毎月二十四日には、月参りを欠かさず続けているという。この月参りに、だんごを三つ供え、そのうちの二つを次の当番へ回すそうじゃが、それはいったいなんのまじないなのか、わしらにはわからん。 |
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話者 |
那知合 |
後木 留若 |
記録 |
那知合 |
後木 隼一 |
再話 |
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大野 寿男 |
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