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昔の瀞八丁[どろはっちょう]は、人気もあまりなく、青黒いふちが不気味に静まっていた。しかし、魚半分・水半分と言われるくらい、たくさんの魚がいたという。また、周りの山中には、岩穴がたくさんあって、タヌキのようにかしこい動物にとって、まったく暮らし良いところであった。
ある夕方のこと、里人に青石とよばれている平らな岩の上で、姉[あね]さんかぶりをした娘が一人踊っていた。それが、毎日続いた。それでも里人は、タヌキが踊っていることを知っていたので、
「ほい、また、青石で娘さんが踊っちょる。」と言って、気にもとめていなかった。
この日も、いつものように娘が踊っていた。山仕事の帰り、若者、庄右衛門[しょううえもん]は青石の方角を何気なく見ると、娘がさかんに手招きしている。あんまり手招きするもんで、おもしろ半分で近づいて行った。草をかき分けかき分け、やっと青石にたどりついたとたん、娘はふっと消えた。草の中にかくれたのか、と探してみるが、やはり娘はいない。青石をもう一度見ると、古いわっぱが置いてあった。
「やっぱり人が来ると恥ずかしいンかいな。」
と、ひとりごとを言いながら庄右衛門は
「これでも鶏のえさ入れぐらいにはなるやろう。」
と、古わっぱを拾って帰った。
次の日の夕方も娘が手招きするので行ってみたが、娘は消えて、古わっぱひとつだけが置かれてあった。それも、また、もち帰った。
三日目も同じだった。ところが、庄右衛門が古わっぱに手をかけたとたん、手を引くことも足を動かすこともできなくなった。金縛りの術にかかったのである。庄右衛門の背中を冷たいものが走った。そのときである。ドロドロと恐ろしい山鳴りが始まった。地面は、山崩れが起こるときのように、ユッサユッサと揺れ始めた。生きた心地もしなくなった庄右衛門は、
「こりゃあ、おれが悪かった。わっぱの置いてあったのは、何か食い物をくれ、ということだろう。それなら、すぐもって来てやるから、どうか勘弁してくれェ。」
と、さかんにわびた。そうすると、山鳴りも地面の揺れも静まった。体も、ようやく楽になった。
庄右衛門は、家にとんで帰ると三つのわっぱに、いっぱい食べ物を入れて青石の上に置いた。それを三日続けた。ある晩のこと、庄右衛門が仕事に疲れてうとうとと眠りかけていると、姉さんかぶりの、あの娘が夢の中に現れた。
「こないだから、お前に食べ物をねだったのは、わしが病気で困ってのことじゃ。おかげで今はすっかり良くなった。お礼申し上げます。」
と言った。そして、最後に本当の自分の姿を現して消えた。
それからしばらくして後のことである。庄右衛門は出稼ぎに行くといって、はっぴを着て家を出た。しかし、それっきり家に戻ってはこなかった。どこへ行ったのか、現在もわからない。
ところで、時々、姉さんかぶりをした娘と、はっぴ姿の若者二人が青石の上で踊っているのが見えた。あれが、庄右衛門だったのだろうか。 |
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