十津川探検 ~十津川郷の昔話~
天誅組のこと(1)天誅組のこと(1)(音声ガイド)
   天誅組が五條代官を襲って騒動を起こしたころ、わしの祖母は、まだ十七じゃったそうな。
 その天誅組は五條から天辻峠を越えて十津川へやってくるという。そして、その一行はこの谷瀬[たにせ]へも寄るらしいという知らせで、在所は色めきたった。いよいよ、谷瀬に立寄ることになったのじゃが、そのとき、庄屋から、いかなることがあろうとも決して無礼のないよう心がけよと、きついふれが回わされた。
 どの家でも、だいじな客人じゃというので、米の飯を炊き、できるだけのご馳走をこしらえて待っていると、とうとう一行が在所の峠に現われた。きちんと列を組んで、鎧やたれの音をジャラジャラいわせながら、いかめしい様子で在所へ入ってきた。一行は二・三人ずつ組になって分宿[ぶんしゅく]することになったが、庄屋の中村宅へは中山首領が泊ると決まった。祖母の家には三人の侍が泊り、となりの家へは近侍[きんじ](おそば付きの武士)が泊り、組一行がいる間は、決して鉄砲を撃ってはならぬとの、きついおふれが回わされた。
 ところが、佐田甚五郎[さだじんごろう]は、近くの山にきじがいるのを見つけ、つい、おふれを忘れて、そのきじをズドンと一発撃ってしまったのじゃ。すると、たちまち近侍がやってきて、直ぐ本陣(中村宅)へ連れていかれた。おん大将の前へ引き出された甚五郎は、
「ちょっと待ってくだされ。」、
といってそのきじを丸い盆にのせて献上したものじゃ。すると、おとがめどころか、それはでかした、とたいへんほめられ、多少の金子[きんす](お金)までたまわった。
 在所の衆が、一体どうなることかと心配しているところへ、甚五郎、
「ワッハ、ハ、ハ、……」
と、高笑いしながら、悠悠と帰ってきたので、みんな、やれやれと胸をなでおろした。
 天誅組はいく日か泊っていたが、やがて、つぎの土地へ転進と決まり、在所の衆は、その手伝いをさせられることになった。組本陣から、どの家からも一人ずつ人足を出すようにと、指図があったので、祖母の家からは、まだ娘だった祖母が出ることになった。
 祖母が、おそるおそる本陣の中村庄屋の家へ上がってみると、いかめしいかっこうをした侍がいて、
「そちはいくつじゃ、名はなんという。」
と、ごせんぎがあったので、「年は十七、名は森岡モト。」と申しあげると、
「うん、うん。」
と、うなずき
「若いおなごに重い荷は無理じゃ。」
といって、胄[かぶと]入れの箱を持つことになったが、祖母は、いわれるままにその箱を背負ったそうじゃ。
「あの箱は、なかなか重いものじゃった。」
と、祖母はそのときのえらかったことを、後あとまでよく語っていたものじゃ。
話者   谷瀬   森岡 良孝
再話   大野 寿男

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