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昔、昔の事であった。道は樹木に覆われ、トンネルのようだった。また、落葉も厚く道に積もっていた。当時の履物は、藁草履[わらぞうり]か鞋[わらじ]ぐらいしかなかった。山道を歩くと落葉をはね上げ、バサバサ音を立て、後から何かがついて来る感じだったそうな。
ある日の夕方、祖父は帰りが遅くなり、提灯[ちょうちん]に火をともし、濁谷[にごりだに]の近くへ来た時、後ろで何かの音がする思いで、立ち止って振り返ったが何もいない。姿も見えない。きっと草履に落葉がついてくる音だと思い、また歩き出した。すると、また音がする。だんだんと近寄って来たかと思うと、大きな音を立て何かが祖父の横を通り抜け、先に出た。見れば、犬よりもやや大きなけものであるようだ。一瞬、ぞうっと身の毛がよだった。大声をあげようと思ったが、声がまるっきり出なかった。この時、「ああ、おくり狼だ。」と直感したそうだ。息をつめて先を急いだ。ところが、狼は前になり、後になりしてついて来る。あわててつまずいて倒れでもしようものなら一気に餌食[えじき]になる、と聞いていたもんだから、生きたここちはしなかったそうだ。「がまんがまん。」と気を沈めて、注意深く足元を照しながら歩いた。
家の門まで、やっとたどりついた。振り向くと、狼はこちらをにらんで立っているのである。はいていた草履を、そっと脱いで、
「ご苦労さん。」
と言い、狼に投げてやったそうだ。狼は、草履をくわえて闇の中へ姿を消していった。
祖父は真青[まっさお]になって、家の中に跳び込み、家族にこの様子をしどろもどろに話し、一気に冷酒を飲みほして、気を取り戻したそうな。
くわばらくわばら |
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