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わしが二十五、六歳の頃、小森郵便局に勤務していた時の事であった。
いつでも、寂しいことの知らないわしが、何としたことか、戦場に行って来てからと言うもの、特に夜中は寂しくて寂しくてたまらなくなった。
ある夜、大野の森の氏本さんという家に、別紙配達の電報がはいったので、どうしても行かなくてはならないことになった。
わしは、一人ではどうしても寂しいので、家内を連れて行くことにした。
たしか、夜の十二時過ぎだったと思う。小原滝峠から、芦廼瀬川[あしのせがわ]沿いに細い道を上り、峠という家を過ぎて、五百米[メートル]も行ったかと思うとき、一匹のこげ茶色の犬が前方を歩いている。家内に
「寂しいので丁度よかったのう。」
といいながら犬に
「来い来い。」
と呼びかけたが、振り向きもせず、どんどんさきに歩いて行くだけであった。犬との距離は約二十米[メートル]位、懐中電燈の光でも、はっきりと見える距離で、大野の森(地名)の少し手前まで一緒だったが、急に犬の姿は見えなくなった。
「あ、犬がおらん。ありゃあ、森のどこかの犬だったんだろう。」
と家内と言いながら氏本さん宅を起こし、電報を渡し、帰りを急いだ。
先程、犬が姿を消したあたりへ来たら、又二十米[メートル]位さきに、さっきの犬が現われた。帰りも前と同じようにして、峠の家の近くまで来たとたん、姿を消してしまった。家内に
「ふしぎな犬もいるのう。」
と言いながら、その夜は寂しくもなく帰った。
翌朝、局長さんに昨夜の犬の話をしたところ、
「ああ、それはきっと送り狼だよ。これまでにも何度か電報配達人を守ってくれたことがあるんだよ。」
と話してくれた。
送り狼というものが、おるとは聞いていたが、自分が本当に出会うのは初めてだった。
送り狼は、白足袋[しろたび]をはいていると聞いていたが、そのとおりで、足首から下は真白で、暗闇でも足もとだけは良くわかった。
(当時の局長さんは山本亀秀さんだそうです。) |
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