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今西の中ほどに、堂の岡という所がある。そこに繁信じいさんは住んでいた。このじいさんは、今西で一番といわれる腕のいい猟師じゃった。猟期になって、じいさんが、朝早く鉄砲笛を鳴らすと、あっちこっちから応答の笛の音が聞こえてくる。しばらくすると、それぞれの装束で、自慢の犬を連れた猟師たちが、三々五々集ってくる。
今日は、いのしし狩りである。いのししの情報を交換する。じいさんの家で、すぐ作戦会議である。じいさんは、てきぱきと指示を与える。二、三人が内待ち[うちまち](いのししの通り道で待っていて獣を撃つこと)へ向かう。この場所では、物音一つ立ててはいけない。獲物が来るまで、煙草もしんぼうして、じっと待つのである。
一方、数人の勢子[せこ](鳥や獣を狩り出す人)は、いのししの足跡をたよりに前進する。これからは、犬の活躍に期待をかけるのである。やがて、土に湿り気のある真新しい足跡が見つかり、いのししの居場所に近づくにつれ、犬は鼻を低くして臭いをかぎ、主人の持つ縄を勢いよく引いていく。早く獲物に向かって駆けて行こう、というのである。遠くの方から待ち笛の音が聞こえてくる。さっそく犬の縄をはずす。犬は喜び勇んで、我先に息せき切って駆けて行く。間もなく獲物にほえつく声が、山々に大きくこだまして聞こえてくる。いのししの牙を恐れたのか、鳴き声の悪いやつも耳に入る。数匹の犬が、猛然といのししに立ち向かっている様子が、手に取るように伝わってくる。おや、こば(いのししを取り囲んでいる犬の群のこと。いのししが、突然一匹の犬をめがけて突進したのである。)が崩れたのか、犬の鳴き声が変わったようだ。
だが、このいのししは、たいてい内待ちしているところへ走っていく。内待ちの腕の見せどころである。
「撃ち倒したな。」
腹にひびくような鉄砲の音。しぱらくの沈黙ののち、内待ちの所からひびく鉄砲笛。
五、六十キロもあるいのししをつりさげた丸太棒[まるたんぼう]を、前後でかついで意気揚々と家路を急ぐ。もちろん、じいさんの家である。これからは、ばあさんも忙しい。五升なべをすえて準備にかかる。外では、板を敷き、いのししを載せる。まず腹をさく。皮をはぐ。犬も鼻を鳴らしながら縄を引っぱる。まだ湯気が昇っている肉を山刀[やまがたな]で手ぎわよく切ってゆく。内臓は、それぞれの犬に分配する。慣れた手つきで、またたく間に皮、肉、骨に分けられていく。
要領をのみ込んでいるばあさんは、今さばいたばかりの肉を五升なべに入れてたく。そして、長屋からどぶろくを運んでくる。
じいさんは奥座敷に座わる。続いて、他の猟師が岸座、うら座へとそれぞれ座に着く。芳しいにおいをたてて肉がたける。どぶろくの酔がまわってくる。舌づつみを打ちながら肉をほうばる。しだいに酔がまわるにつれ、話がはずんでくる。夜も更けてくる。自慢話がひとしきり続いて、あとは明日の打ち合わせなどして、それぞれの分け前を持って、満ちたりた足どりで、更けゆく夜の家路をたどっていく。 |
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