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今西一の猟師、繁信じいさんが、良い気分で目を覚ますと、久しぶりの雨降りであった。
「これはちょうどよい。たまの骨休みじゃ。そうじゃ、しばらく買い物にも行っていないし、あちこち用もある。ちょいと平谷まで行ってくるとしようか。」
と、支度をすると、五里(約二十キロ)ばかりの道を買い物に出かけて行った。
たまの買い物である。あっちこっち寄って用事をすませ、荷物も一荷背負って、玉垣内まで来た時には、冬の日はもう西に落ち、うす暗くなっていた。家ではばあさんが待っているだろう、と今西道を急いでいた。
じいさんといっても、まだ五十を少し出たばかりの年である。まだまだ元気者だ。細い道をさっさと歩いていたが、とうとう、日はとっぷりと暮れてしまった。用意していたちょうちんに火をつけ先を急いだ。やがて「かつらがま」へさしかかった所で、ふっとちょうちんの火が消えた。すぐ火をつけて少しばかり歩くと、風もないのにまた消えた。
傘もさしているし雨が降りかかったのでもなかろうに。まてまてと、する火(マッチ)をすって、ろうそくに火をつけようとしたが、ちょうちんの中にろうそくがない。こいつはおかしい、と考えながら、新しいろうそくを取り出して、火をつけて歩き出した。ものの十歩も行かないうちに、火はまた消えた。あわてて火をつけようとしたが、ろうそくがない。さすがの繁信じいさんも、一寸[ちょっと]妙な気がしてきた。今度こそ取られないように、と最後の一本を取り出して火をつけ、ちょうちんの上に手をのせ、傘をさして用心しながら歩き出した。ところが、暗やみの中から石が飛んできて、傘は破れ、風がさっと吹いて、火はとうとう消えてしまった。暗やみの中で、ちょうちんの中に手を入れてさぐってみると、ろうそくがなくなっている。
いくら慣れている道とはいえ、雨の夜道は真のやみである。荷物は背負っている。こう暗うては歩くこともできない。一思案しようと道に座わり込んだ。谷合までは、まだ遠い。こうなりゃあ、玉垣内までもどって、どこかで一晩泊めてもろうて帰るとしよう。
さて、心は決めたが、雨はまだ降っているのに傘はもう役に立たない。暗やみの中をどう行こうか。なさけないことになったわい。こうなったらしかたがない、とあきらめ、はうようにしてそろそろ進み出した。
ようよう玉垣内にたどり着き、山本(家号。羽根織吉氏宅)をたずねた。
「おーい。ちょっと起きてくれんか。」
と表戸をたたいたが、どうしても起きてくれん。手さぐりで何かないか、とさがしていると、足もとに細い棒を見つけた。その棒を拾ってどんどんたたいていると、やっと音を聞きつけたのか、家の中で人の気配がした。
「おいおい、誰ない。今ごろ何しとるんない。」
「今西の繁信じいさんじゃないか。なんでそんなものをたたいとるんない。早よう中へ入いれよ。」
傘もささずに、びしょぬれである。我に返って、ちょうちんの明りに照らされてみると、家の表戸とばかり思っていたのは、裏手に立てかけてある板をたたいていたのであった。
「なんで表戸をたたかなんだのかい。それに、この様子何だ。何にしても、早よう上がれ。風邪を引いたらあかん。先に着がえよう。」
と家に上げてくれた。主人からいろいろ聞かれるが、ちっとも要領を得ない。そのうちに嫁さんに温かいおかゆさんを作ってもらい、気が落ち着いたのは、夜明け近くであったという。わずかの道のりをもどるのにこんなにも時間がかかっていたのか。山本の主人に、「古狸にでもだまされていたんじゃろう。」
といわれたが、何とも不思議なことであった。 |
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