十津川探検 ~瀞洞夜話~
狩人、犬、獲物の関係
   人の眼は遠方のものを見て考へ、凡そのことを知ることができる。犬は近くを見るけれど遠くのものはわからない。ここに狩人があって山へ銃を持ち犬を連れて行く。羊歯の中に猪が隠れてゐても人間には分からない。動くか音がするまでは。然し犬は臭いの分子を恰も反物を布ける如く猪の匂ひを嗅ぎ、その居所を見分けて發見し人に知らせる。
 人の眼は、テレビ、望遠鏡など、耳は瞬間世界のことも聞くが、今以て鼻の能力は依然として昔のままか、むしろ劣って少しも機能増進の様はない。そして神経も最も疲労し易く、忽ち馴れてしまひ、香水も自身には大したものでなくなる。犬でも猫でも、全ては鼻が第一で他は從となる。この方彼らの世界では誤りがなく、万事が叶へられるのである。
 人間の悪知恵にて毒や罠や危険物に斃るることはあり得るも、之は論外で自然界ではあり得ないのである。人間は人為的な色彩や美醜にとらはれる。そして、ある程度の被害を受けるものである。猫などは、いきなり喰い付かない。嗅いだ後喰ふ。犬は口で受け留めてパックリやる。人に近いものほどこの様なものか。

瀞洞夜話へ