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維新頃まで寺あり。後大社教となるも、この地の人から(仏教について)話を一つも聞かず。凡て神事祭祀、神官の祝詞に始まり祝詞に終わる。從って日常の生活にこの混交多分にあり。特に信仰面にては然り。墓あり、神社ありとても、その祭儀は仏式に比せば極めて単純なり。而て祈祷師、占師などあれば、その流行なるにおいては利益を早く授からんとして、その地へも走るなり。大阪あたりまで参詣するあり。仏教の遺風の一つを挙げんに、今の旅行と違ひ、四國行脚するもの、昔は多くありき。この点は今と変はり信仰の心篤かりしか! 今もて大阪あたりまで祈祷師の許へ行く。
扨て、このことまだまだ多くみるところなるも、我幼少時の四國行脚の信仰心と比べて比重の奈何、その差をみる。昔の仏教信心は、維新以來抜けきらざる念の存するところ。その後の出詣では情的にあり、祈念と感情又は悠々の利益と迅速の利益を受けんとする相違か。
因に記す。今でも失せ物の時、庚申像を縄にて括り祈る。昔の地蔵(石像)に願かけして病苦を免れんとする。天然の奇石に参詣するが如きもこの遺風なるべし。然しこれは東洋人としてはキリスト教に見る如く偶像礼拝と一概にも云へざるべし。病苦も恵も(祟りの如く)除かんとする願いの現れであり、小乗的なもので役立ってきたものなればなり。祟りとして、地の一ケ所を清め、供物して祈ることも、特定の高い山に耳の癒を祈ることには気圧と云ふ因子もあり、人の心理は複雑なるものなり。第一、都市でさへ800以上の如何はしい新興の宗教があり、中には理論的なものもあるらし。戦の敗れし後は形の存する如何なる人(大政治家、大学者)も頼り得ず。故に、無形に見ゆる神仏に頼るものなり。安坐してゐた仏教の本山も呆然たり得ず、再考慮を余儀なくされるに至る。敗戦後、賭博行為と共に顕著なり。ニワトリ科学会社のインチキ宗教現れしを知れば判然たり。
なかなかの問題として、今後にも殘さるることなり。宗教類似のものは今も昔も大差なく、その個々の感受性と素養による。哲学的な論理に立つあり、またインチキもあり。複雑なり。好悪いろいろと云ふところ、我少年時大流行を極め弘法大師をかかぐる祈祷師は流行せざるに至り、已に幽霊となり寂しき橋のたもとに夜々出で、物せん思ひしに青年の□□隊に看破されしあり。而も吾子に捕らへられし例もあり。批判的ながら自分も熱烈に信心するものあり。然しかかるものは眞の宗教の如く永続きせぬものにして、特に物慾を出して破るるものも多し。 |
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