十津川探検 ~瀞洞夜話~
山の神の木のこと
   幼時、よく祟りありとて、山の神の木と云ふものあり。また、祭るあり。あまり利用せざる木なるもかくせり。
 伐り尽くす樹木に対し、少しでも殘さん心と一種のシャーマニズムの現れで、かくせしものと思ふ。山の人の祭るケズリバナや大山神、男根の崇拝〔コノハナサクヤヒメより來り、女の神なれば男性を喜ぶ〕。南方その他土人の秩序にも、ひたすら原始的なるものあり。また、男女のことは悛烈、そしてタブーあり。そのタブーに比するものならん。蓋し、この辺にありても法も道徳も罰も人の造りしもの、地により陰により不完全を免れざるために、かかることを戒めて作りなし、信仰的、否もっと原始的にバチと云ふことにて、体を拘束して、之を補ひ來りしなるべし。通用するときは良い法なり。
注- ・後半の文章は、やや要領を得ないところがある。「バチ」は罰であろうか。

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