|
|
|
|
|
尋常小学校3年の頃か、明治より大正に入りて間もなく、地方のみならず、全國的にキモトリの流言飛語が起こった。特に「子どものキモを取る」と云ふので、生徒は恐慌した。馬鹿のようなことであるが、然し當時としては何しろ狐憑きの流行、狸化けで騒いでいた頃で、子どもには無理もなかった。
まことしやかに脅へているおり、朝登校の途、ツバキザコ(椿ざこ-田戸寄り東野までにある地名)と称する箇所の手前の登り坂の辺りに至ったとき、後ろの杉山の中より、「コラッ、ちょっと待て」と云ふものあり。てっきり肝とりと早合点し、我等眞っ青となり、大混乱になり、一目散に上に逃げ上る。女の子など道より轉げ落ちる者もあった。暫くして、一青年の悪戯と分かり、ほっとせるを覚えてゐる。今の生徒と比べ、その環境も智の程度も分かるのである。 |
|
|
(昭和34、12、13) |
|
|
〔この記述に校正の要あり。重複あり、三復あり、文字も文も誠に多様、また極めて冗を省き、飾りを避けしため、且つ誤りを恐れて、なるべく主観の入らざる客観性の維持に努めたるも、何といっても一番新しく開け、天下の瀞となりし處。寺も神社の記録なく、また古い家とても古文書も何もなく、極めて資料なきため、どうしても主観が入りあるを免れない。故に文体も一新し、校正の要あるは必ず也。〕 |
|
|
|
|
|
|