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我聞く、古老の言によると、次のことありし如し。(四國の鍛冶屋カカの碑傳は藩政後の仏教文化により脚色されたり。かかること當地も同じ環境にあれば、必ずや名ある傳説も成立ありしなるべく、惜しきものなりき)
肘の谷、我家を離る僅かの上地道のかたほとり、狼、墓を暴き屍を喰ひしか、人の片腕咬へ來りありしと云ふ。また、田戸の新葬ありし時など、廣野(ヒロノ)の墓地の下を通りしに、狼の群れ來たり、逆さまになりて土を放ち墓を掘る様、日暮れて通る老人を驚かせしと云ふ。その狼は、都合よき墓のみを暴きたるごとし。
中作市老人より特に聞く。作市老人若き頃、上瀞にて炭焼きを営みたりしに、ある夜のこと、小屋の周りに光る眼のもの点々と数を増して來る。つまり狼の大群(大ドモと云ふ)なり。その唸る声物凄く、生きた心地なし。一人堪へゐたり。戸を閉ざせど小屋のことなれば心もとなく、銃もなし。而も相手は多し。火をどんどん焚き、斧を用意したりする。唸る声は貼りたる紙にびびるよし。このことに、我秩父宮顧問なりし狼の権威、平石東吉氏の傳に云ふ、狼の声は、障子など紙に案外共鳴するよしなり。夜明けて狼立退せし後、調べると小屋の下に何の原因か、一頭の猪死せしを食はんため集ひしものと分かりしと云ふ。
川原の上道に喰ひ殘せし猪の遺骸ありしと。また、上葛川方面の人に聞くに、白谷山中に猪・鹿など殘骸まことに多かりしよし。
日本武尊の大昔より神獣現されしこの奇怪の狼は、この辺にても土俗の神秘視されるあり。格付され応用する人も先賢にあり。誇大なる傳説、神秘感は人を畏怖せしめたり。功罪多様、然し、物心とも當時の人には大乗的に良い面多かりしと思ふ。
ある財産家の祖は、刻苦して植林せしに、その夕暮れ、一頭の狼が常に草履の片方を咬へて送り來りしと云ふ如し。架空のことならんと考へるべきは、當時に在りても優れたる人は斯く既成化して家格の優秀を企てしなるべし。況んや神社、豪家において思ひ半ばに過ぐる。
新宮上流より入りし高田村の権之頭(ゴンノカミ)の家に傳へる傳説は、要約すると次の如し。昔々、同家の祖、那智詣りに赴く。寂しき大雲取を通りつつありしに、狼に突如出会へり。然るに恐怖に震へる同人の側に至るや、恰も飼犬の如く、害意なく見ゆ。衣の裾を咬へて山に引き入る。岩の洞窟の安全なるに連れ置き、狼出口に番す。然るに昔より、古より最も注目すベき奇怪なる伝説の、山人の最も恐れる一本ダタラ(またはヒトツダタラ)が、下道を通りたり。過ぎて安全と見るや、狼も穴を出で、安心の面持ちたり。この人初めて狼の我をヒトツダタラより助けてくれしを感謝す。而れども何等与ふるものなし。よって云ふ。我より後の屍はすべて汝等に与へる旨、約したり。その後、約の如く、同家の葬式の都度、狼來り墓を暴きて屍を喰ふ。後に同家の人恐れて墓を内庭に移せしも、狼來りて約の如くせしと云ふ。
この話をみると傳説を為して家の格付と云ふこと判然。然して、一本ダタラは一本足の怪物にして、昔より吉野あたり、北山、那智、色川、熊野三千六百峯に傳はりし傳説にして、我の幼時、少年時も話あり。
矛盾するは永い間傳はる一本ダタラ、そして何百年を通じての恐怖、さらに高田村里(サトと云ふところらし)の傳説。その辺のここかしこ、猪と狼との闘争、死の戦ひはいくつも聞く。
我、幼時の頃、立合川に製材所を設けありしに、人々云ふ、狼が小便を呑みに來しと。塩分を求むるなりと。蜜蜂の如くか。前に述べた如く、父の幼時は狼の群、海へ潮を呑みに行くとて、夜など山の向かふに狼の群の声聞きたりと云ふ。
また土俗はかくも云ふ。狼は、萱穂一本でも身を隠すとか、人の頭を飛び越えるなど、かように神秘化されたものであらうと思ふなり。それでゐて實に沢山の狼の見聞記、声を聞きし話聞くも、大方は善意のまたは稚戯の創作のこと多し。射ったと云ふは大抵犬なり。まして声の如きは。終戦直後のこと十津川村山天の中南金重氏は、NHKに狼の声を録音せしめんと云ひしも失敗なりしよし。自然の環境の変化、ヂステンバー病の故など、何れにしても自然の勢、絶滅して今は見る影もなしとするも、我に最も眞として迫った報告は、三重県津市の高等農林学校の前教授の手記なり。同人ある日、一人して北山の伯母峯の寂しき谷を上りしに、2頭あまりの犬形のもの、後へ從ひ來り。灯なく、暗かりしため分明ならざりしも、その容貌を記す。握り飯を与へしも喰はざりしと云ふ。
ある人、玉置山よりの帰るさ、横手道(玉置神社と片岡八郎碑の間)にて、便意を催し、山に入りたるに狼の塒(ネグラ)に会す。二匹の仔あり。運良く親は不在。一つもらひて來たり。これを飼育,猟に使用せんとす。この人東中の人なり。その頃、名うての猟犬を、その狼の仔を飼育している内に入れ戸を閉めしに、猟犬狼の仔を一度嗅ぐや、このうえなく恐れ、戸を破りて逃げ去りしと、東藤二郎老に聞く。 |
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注- |
・肘之谷-郵便局前の谷の名で、人間の肘の骨があったため、この名がついたという。 |
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・廣野-田戸の共同墓地の地名。 |
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・東中-葛川上流 |
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