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今では幽かに覚ゆるのみなるも、小学1、2年の頃か、紺色の制服、朱帽、やや長き或いは冬のオーバーかを着し、山村戸毎を廻りたり。肩より鞄を下げ、手には手風琴を携へ、「オイチニーのくすりを買ひ給へ」と風琴を鳴らして、殘雪殘る寂しい畑のへりを踏んで、慌てることなく廻りゆきしを覚えあり。當地にては大渡にありし松久保林作と云ふ人、之に加はりたる如し。何となく哀調の音は今に耳底に殘る。發端は日露戦争後の不具者より始まりしか? |
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注- |
・松久保林作-元大野片川の人、一時大渡の旧道傍に住んで茶店をしていたが………。 |
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・オイチニー(オーニ)の藥賣り-東直晴画の口絵参照のこと |
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