瀞ホテルの前方、三重県領の山林中に枝葉上部にのみ繁り、8、9部あまり、その幹を露出したる大いなる松あり。同女史之を見、いたく喜び、之を写生せりと云ふ。(母の話、明治37年頃か)
但し、今は枯れ木して果て、その影尋ねるよしもなし。