余、8歳位の頃、つい家の向かふの川岸に、暑くなれば大いなる(約4尺)猿ただ一匹、毎日の如く來たり。川近の岩棚に臥し転びゐたり。鉄砲など、こちらに在れば絶対來たらず。夕方になると悠々として山に入れり。
山元春挙画伯、瀞亭に泊まり画を描く。或る朝早く岩の下に至りたるに、一頭の猿、水を呑みに來たるあり。害意なしと見てか敢へて逃げんともせず。ここにおいて画伯は手にせる柿を投げ与へしに見事之を受けて去りしと云ふ。
かかることも今は夢の如く消え去りけり。