十津川探検 ~瀞洞夜話~
狼の仔を捕らへし話
   明治5年頃、下葛川に安吉と云ふものあり。或る日、玉置山に詣で、帰途俗称ヨコウネを通行中、便意を催ししかば、山中に入り、用を足し居れり。ふと氣付くと何か幽にうなる声、それも仔獣の声らし。用すみて裏手を探し見るに狼の巣ありて、三匹の仔のみゐて、親は不在なりき。若し、親狼が來たらんにはと恐怖に堪へざるも、一匹だけとりて帰り、飼育してみんと思ひ、「仔を一匹貰ひ度いからどうぞ下され」と云ひ殘し、仔を抱きて後をも見ずに逃げ帰りたり。犬ども寄り付かず。或る日、當地第一のクロと云ふ猟犬を土間に呼び入れ、箱の中の狼の仔を出しやりたるに、大きな猛犬も吃驚仰天、遁れんとするも障子戸あり。必死の勢ひにて障子を破壊して、その犬逃げ去りしよし。
 後にこの狼は新宮方面に賣却されしと云ふ。
注- ・安吉-不詳
・ヨコウネ-玉置神社と花折塚の間の尾根(ウネ)道

瀞洞夜話へ